御大はこの作品を「子供向け」と言い切りました。もとい、御大が望もうが望むまいが「宮崎ジブリ」の看板を背負って生まれた作品は必然的に多くの子供たちの目に触れることになります。だから私は、なるたけストレートに、子供の感覚で映画を楽しもうと思いました。

　そして、引きました。ソウスケの第一声「金魚だ！」から、もう置いていかれました。だってあれはどう見ても金魚じゃないもの。だけどこの作品世界の住人はみんながあれを「金魚」だと言う。だから私もそういう覚悟で、あれが金魚であることを受け入れようとしたんです。そしたらトキ婆さんが言い放つんです。「人面魚じゃないか」と。「王様はハダカじゃないか」と。そしてトキ婆さんは同情の対象とされるんです。「あれが人面魚に見えるなんて、とても可哀相な人だ」という視線を向けられるんです。もうたまりません。私はトキ婆さんの手を引いて劇場から逃げ出したくなりました。走りながら「誰も俺たちのこと分かってくれないけど、俺がいるから」とかトキ婆に告白して、ずっとふたりでこの世界を生き抜こうと決心したほどです。何だか素敵なことが起こる気さえしてきました。

　それはそれとして、私もNakamyuraさんと同様に、この映画はすごく恐いと感じたのです。水没し、デストピアと化した世界の中。船の上でヘラヘラと笑う親子。ポニョがせっかく差し出したサンドウィッチを足蹴にされた直後、変態して猛スピードで赤子に飛び掛るシーンなど、「ヒィッ！殺されるッ！」と小さく叫びました。いたたまれなくなった私は、このあたりで「子供の感覚で映画を楽しもう」という気持ちを、意識的に追い出すことにしました。その代わりに「これギリアムっぽくね？つーかリンチじゃね？」と思うことにしました。すると、ことのほかワクワクしながら映画を楽しむことができました。

　それでも、鑑賞後はやはりスッキリしません。平然と母親を名前で呼び捨てにする感覚を、私たちは大人として、また、かつて子供だった者として、どう受け入れればいいんでしょうか。ソウスケの口にする「リサ」は、例えばしんのすけの「みさえ」とは違います。この作品のどこにも、『クレしん』のように「母親を呼び捨てにすることはよくなさそうだ」というニュアンスは含まれていません。ソウスケは母親を、しんのすけのように偽悪的でも何でもないナチュラルでベーシックなスタンスとして「リサ」と呼ぶのです。つまり映画は、そんなソウスケを無条件で肯定しているのです。

　終盤、車椅子を捨て去った老人たちがノシノシと歩き出すシーンがあります。夢とも現実ともつかない世界の中で、彼女たちは多幸感に包まれます。理由もなく歩けるようになり、そのまま映画は終わってしまいます。車椅子の老人がその現実と対峙しながら幸せを見つける可能性を、映画は放棄します。例えば現実の中で、車椅子の老人がこうした無条件の多幸感を得る術があるとするなら、それは覚せい剤か新興宗教しかないでしょう。この幸せは、そういう類の幸せです。

　ソウスケはラストで、ポニョの身元引受人になります。主人公と同年代の子供たちの中で、「身元引受人」という言葉の意味を理解する子がどれだけいるでしょうか。この映画が謳い上げた人と人との理想的な関係性は、片方が片方の身元を引き受けること、なのでしょうか。その、一見美しく思えても実はいびつな人と人との関係性を是正する術を示すことこそが、物語の役目なのではないでしょうか。

　この映画は芳醇なイマジネーションに満ちています。きっと子供たちだって楽しめちゃうかもしれません。見ていて幸せな気分になれるかもしれません。

　だけど、例えば5歳の私がこの映画に影響されて、当時34歳の母に対して「セツコ！オレ、メグちゃん（幼なじみ）の身元引受人になりたいよ！」って言ったら、母はどんな顔をするでしょう。想像もつきません。「子供向け」って、そういうことだと思うんです。

　ポニョの進化、老人たちの不可思議な快復、そして誰もが不合理を受け入れる寛容性（というか盲目性）……これらから宮崎のメッセージを読み解けば「肉体とは不便だ、現実とは退屈だ、凡庸とは不幸だ」と、私にはそんな風に映ったのです。それはたいへん危険な考え方だと思ったんです。

　ギリアムなら、リンチならそれでもいいんです。誰も彼らの映画を子連れでなんか観に行かないから。だけどこれは宮崎ジブリ映画です。だからこそ、すごく不健全な作品だと感じました。