舛田利雄の映画ファンのコメント
ぽんしゅうのコメント |
赤い谷間の決闘(1965/日) | 話のつまらなさ、裕次郎のやる気のなさ、ロケ撮影の迫力のなさ。見るべきところは高村倉太郎のセット撮影の見事さぐらい。酒場での群集シーン色調には釘付けになった。後はきっちりと仕事をこなす小沢栄太郎、佐野浅夫、桂小金治、高品格。 | [投票] | |
上を向いて歩こう(1962/日) | 60年安保敗北の残滓を引きずるように、山田信夫の脚本は生きる矛盾をふりまきながら留まるところを知らず脹らみ続け、それを知ってか知らずか舛田利雄の演出もわき目もふらずに同調する。さて、どう落とし前をつけるのかと思いきや・・・ [review] | [投票(1)] | |
男と男の生きる街(1962/日) | 当時の日活アクションは熊井啓が脚本に加わると、とたんに華やかなヒロイズムに人の善悪をめぐる業の要素が加わり物語が深みを増す。それを活かすには裕次郎と同じだけ端役にも配慮が必要なわけで、悪役たちが個性的に描かれた映画はその分抜きん出て面白い。 | [投票] | |
スパルタ教育 くたばれ親父(1970/日) | どう考えても不向きなホームドラマをあてがわれた舛田利雄監督の戸惑いが、画面からひしひしと伝わってくる。中途半端なキャラクターの登場人物ばかりで、いったい何を言いたいのやらまったく理解不能。暴走族の乱闘シーンのみアクション監督の本領発揮。 | [投票(1)] | |
太陽は狂ってる(1961/日) | ボタンの掛け違いから始まった急旋回を圭一(浜田光夫)が、なげやりになりながらも受け容れていく過程が哀れで共感を誘う。そんな圭一を喜々として迎える恒(川地民夫)の人なつこい笑顔が無邪気で印象的。チンピラ青春映画の秀作。 | [投票] | |
栄光への挑戦(1966/日) | 叙情を醸す湿った艶っぽい色調。スピード感溢れるアクション。裕次郎の都会性に拮抗する垂水悟郎の不気味さ。生き様が交錯する二人の刑事(小林桂樹・北村和夫)。男達を不安げに見つめ続ける浅丘ルリ子。和製ハードボイルドとしては最高レベル。 | [投票(1)] | |
あゝひめゆりの塔(1968/日) | ヒロインは実によく歌い、そして泣く。歌は公開当時の時代が求めた観客への映画的サービスだとしても、感情の発露である泣きは作品の根幹にかかわる重要なもののはずだ。吉永小百合をはじめとする乙女たちの涙には、撮る者としての意味が必要なはずなのだが。 [review] | [投票(3)] | |
赤いハンカチ(1964/日) | 見事な脚本構成を得て舛田利雄の活力あふれる画面づくりが生きる。さらにアイドルから脱皮して俳優たらんとする石原裕次郎と浅丘ルリ子が醸しだす湿気を含んだようなストイックさが、浪花節的情緒に陥ることなく近代的な情念を漂わせる。 | [投票(2)] | |
二百三高地(1980/日) | 難攻不落を強調するために、丘に這いつくばり傷ついていく兵士の大群が繰り返し、しかも延々と描かれるわけだが、サスペンスはゼロで時間の無駄。あおい輝彦ら兵士の逸話も通俗。乃木(仲代達矢)と児玉(丹波哲郎)の葛藤劇に多少の魅力があるだけ。 | [投票] | |
天国の大罪(1992/日) | 90年代初頭の外国人に溢れた現実の東京を思い起こせば、なかなか面白く贅沢な企画なのだが、悲しくなるほど脚本がずさん。さらに、ただでさえ古風さ漂う吉永、松方の風貌に、古臭い舛田演出が輪をかけて時代感ゼロ。出番は少ないが西田敏行の存在感が光る。 | [投票(1)] | |
青春とはなんだ(1965/日) | 『坊ちゃん』と『若い人』と『何処へ』を足して3で割ったようなお馴染みの熱血教師学園ドラマの内容はさておき、面白いのは画面からはちきれんばかりの躍動感溢れる学生たちの集団描写。群集としての熱気が活き活きと伝わる舛田利雄ワールドを堪能。 | [投票] | |
大日本帝国(1982/日) | マクロな戦況は比較的冷静に描かれるのだが、一転、視線が市井の人々へ向かうと映画が止めどなく感情に流され始める。笠原和夫の脚本は、それなりに乾いているのに舛田利雄の演出があまりにウエットなのだ。理性的な抑制なしに、人の真の悲しみなど描けない。 | [投票(1)] | |
ひとりぼっちの二人だが(1962/日) | まずは、浅草の街を駆け抜ける若者たちを追うカメラの疾走感がいい。そして、未来に抱く希望と不安の間で揺れる二十歳に満たない青年たちの危うさも切ない。話しのたわいなさと、まだ手放しでは可愛いと言い切れない下ぶくれ吉永小百合を補ってあまりある。 [review] | [投票(2)] | |
勝利者(1957/日) | 北原三枝の踊りの下手さ加減は失笑ものだが、彼女を軸にした山城(三橋達也)、夫馬(石原裕次郎)の微妙な空気をはらんだ愛憎劇は、俗ではあるがなかなかの緊張感を醸し出す。山城の婚約者夏子(南田洋子)の達観ぶりも見事。 | [投票] | |
社葬(1989/日) | 新聞社という公的権力機関を舞台としながらテーマが巨悪などという抽象へ向かわず、個人の私利私欲に終始ししながら役員どもが一介のオヤジとして右往左往するさまが実に滑稽。我が身と周辺をかえりみ苦笑するも、その説得力に本音としての爽快感がある。 | [投票] | |
嵐の勇者たち(1969/日) | 高校の学園祭で隣のクラスがやる演劇みたいに楽しむといい。デブの石原、カッコつけすぎ!とか、やっぱり錠、アホや!とか、良平チャンやるやん!とか、芽衣子と陽子にもっと喋らせろ!とか、哲也と小百合はホントはどーやねん、とか。 | [投票(3)] | |
錆びたナイフ(1958/日) | 聞き分けのな弟分(小林旭)に手を焼く兄貴橘(石原裕次郎)といういつものナルシスト石原慎太郎の強迫観念的浪花節兄弟話が面白いかどうかは別にして、橘の公私合わせた義憤の炸裂が中途半端で拍子抜け。杉浦直樹の悪役ぶりのみ印象に残る。 [review] | [投票(1)] |