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ぽんしゅう

待ちに待ったアベノマスクが届きました! ソーリ、ありがとうございます。外出自粛を解除していただき、さらに小池さんのお許しが出たあかつきにはSave The Cinema実践のために必ずこのマスクをして映画館に通うよう所存であります。(2020.05.22)
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Comments

最近のコメント 10
★2若おかみは小学生!(2018/日)大きいだけで生気のない“人形目”のキャラクターデザインに感情移入できないのは、女児向けだと知らずに観た私が悪いのだと、そこは大人の対応でやり過ごそうとしたのですが・・・世の中には安易に受け入れられることで、なおさら痛みが深まることだってあるんです。 [review][投票(3)]
★4マイマイ新子と千年の魔法(2009/日)ふたりで遊びに興じる女の子を見るたびに、どうしてあんなに幸福そうなのだろうといつも思う。見えないものに魅せられる想像力と、思いと同時に動き出す行動力が、時空を超える“魔法”のように、ふたりを現実から少しだけ遊離させるから、と新子たちは教えてくれる。[投票]
★4終電車(1981/仏)それぞれの“秘めた思い”は占領下の不自由のもとひたすら「芝居」を成立させるという行為に仮託され、決してステレオタイプな“男女の愛”の行き違いという情緒としてたれ流されることなく、ついには“愛郷心”の連帯へと成就する。なんとフランスらしい抵抗賛歌。 [review][投票(1)]
★3チャップリンの 黄金狂時代(1925/米)数回目の鑑賞。この物語がどうしてもしっくりこないのはキャバ嬢(ジョージア・ヘール)の勝手気ままさと“心変わり”の真意が(あやふやで)つかめないところ。マゾヒスティックなまでのチャップリンの至芸と悲哀は『街の灯』の幸福感に比肩したかもしれないのに。[投票(3)]
★3娘は戦場で生まれた(2019/英)まさに紛争地の“現実”が記録された「内部」の映像が、このようなドキュメンタリー映画というカタチで紛争地の「外部」へむけて公開されることは意義深いと思う。ただ、観終わった後の何とも言えないモヤモヤした気分に、本作を客観的に評価する難しさを感じた。 [review][投票]
★4赤ん坊の食事(1895/仏)左に父親。右に母親。二人の間に赤ん坊。この画面の密度に圧倒される。両親の行為、視線、発話(サイレントだが)はすべて赤ん坊へ、つまり画面の中央へ向かって凄まじい勢いで注がれる。そのブラックホールのような微笑ましさの“密度”に私の視線も吸い寄せられる。 [投票(1)]
★4壁の破壊(1895/仏)どうして人は人工物が破壊されるさまに、こんなに興奮するのだろう。その一回性に対する高揚と解放の快感はスペクタクルのお決まりだ。そして、この逆回転映像による壁の“再建”は、人が「時間」を目視した瞬間だ。「もの」を作って壊してまた作る「時間」が映画。 [投票(2)]
★3カード遊び(1895/仏)これは良く分からない。三人の男がテーブルを囲み、真ん中の男が給仕を呼んで注文を。すると給仕がビールと三人分のグラスを持ってきて、注文した男がグラスに注ぐ。その間、左右の二人はカードに興じ左の男が勝ったようだ。乾杯する三人。それを囃し立てる給仕。 [review][投票]
★5海水浴(1895/仏)画面の奥から手前にひっきりなしに押し寄せる波。右から突き出した一本の飛び込み台。フレームインしてきた少年たちはその台(板)の上を波の動きに対峙するように進み、先端で波間に落下(飛び込み)し、波に押されるように岸(手前)に向かいフレームアウト、を繰り返す。 [review][投票(2)]
★3港を離れる小舟(1895/仏)上下動を繰り返す波。フレームインして、その荒波に翻弄され漂うように出港する小舟(3人乗り手漕ぎボート)。その動の風景に突き出した頑強そうな(微動だにしない)突堤の上で見送る正装した二人の女性と二人の幼女。『海水浴』と同様、運動造形のダイナミズム。[投票(1)]

Plots

最近のあらすじ 5
★3娘は戦場で生まれた(2019/英)北アフリカから中東諸国を席巻した反政府運動「アラブの春」は、2012年にシリアへも波及。古都アレッポはアサド独裁政権に抵抗する市民の拠点となった。当時、大学生だった市民ジャーナリストのワアド・アルカティーブが4年に渡って記録した現地の映像を英国のエドワード・ワッツが共同監督として構成した長編ドキュメンタリー。ワアドの同志で医学生だったハザム青年らは私設病院を開設。政府軍の攻撃で傷ついた市民の治療を続けていた。やがて二人は結婚。2016年、娘のサラが生れるが、そのときアレッポはロシアの支援をうけた政府軍の包囲網のなか陥落の危機にさらされていた。カンヌ国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞受賞。(100分)[投票]
★5怒りのキューバ(1964/露=キューバ)ソ連の詩人E・エフトゥシェンコの長編叙事詩「私はキューバ」を、自身とキューバの作家E・ピネダ・バルネットが脚色したオムニバス形式の革命記念国策映画。〇マリア(ルス・マリア・ラーソ)は恋人に内緒で首都ハバナの歓楽街で観光客相手に身を売っていた。〇小作人として若いころから山を拓きサトウキビを作り続けてきた老農夫ペドロ(ホセ・ガリアルド)は灼熱の陽の下で今日も汗を流す。〇ハバナ大学の活動家エンリケは仲間の仇をとるため怒りにまかせて警視総監の暗殺を企てる。〇山岳地帯で貧しくも妻と幼い子供と幸せに暮らす農民マノロ(サリヴァドル・ウッド)のもとに銃を携えた革命隊のゲリラ兵士が現れる。(108分/白黒/スタンダード)[投票]
★3秋のマラソン(1979/露)旧ソ連のレニングラード。大学講師で翻訳家のアンドレイ(オレグ・バシラシビリ)は、気が弱く誰にでも良い顔をする優柔不断な男だ。その場しのぎでバレバレの嘘ばかりつくものだから、妻のニーナ(ナターリヤ・グンダレワ)と愛人アーラ(マリーナ・ネヨロヴァ)の間で板挟み状態。仕事の方も、行き当たりばったりで守れもしない約束をするので、後輩の女性翻訳家やちょっかいを出したタイピスト、デーマーク人の教授、酒のみの隣人(エフゲニー・レオーノフ)に振り回されっぱなし。腕時計のアラームに急き立てながら右往左往の日々が続くのでした。あの『不思議惑星キン・ザ・ザ』のゲオルギー・ダネリア監督の不倫コメディ。(90分)[投票]
★4私はモスクワを歩く(1964/露)小説家志望のシベリアの青年ワロージャ(アレクセイ・ロクテフ)は、作品を褒めてくれた作家に会うためにモスクワの飛行場に降り立った。右も左も分からないワロージャは地下鉄で知り合った同じ年ころのコーリャ(ニキータ・ミハルコフ)と意気投合。その日、結婚式を挙げることになっているコーリャの親友サーシャ(エフゲニー・ステブロフ)や、ナンパしたレコード店の店員アリョーナ(ガリーナ・ポルスキー)を交えてドタバタのモスクワの一日を過ごすことに・・・。『不思議惑星キン・ザ・ザ』のゲオルギー・ダネリア監督初期の瑞々しくも洒脱な青春映画。カンヌ映画祭で一躍注目を集めた33歳の出世作。(73分/白黒/シネマスコープ)[投票]
★437セカンズ(2019/日=米)23歳のユマ(佳山明)は生まれてくるときに呼吸が37秒間停止したために障害が残った。車椅子が必要な彼女を、シングルマザーの母(神野三鈴)は責任を感じてか過剰にかまい管理下に置こうとする。漫画家を目指すユマは、今は幼なじみの親友で人気漫画家(萩原みのり)のゴーストライターに甘んじている。家庭的にも社会的にも満足しきれないユマは、自立したい一心でアダルト漫画の編集部に作品を売り込みに行くのだった。主演の佳山は実際に脳性麻痺で俳優未経験者。米国で映画を学びこれが初長編作となるHIKARI監督によってオーディションで選ばれた。ベルリン映画祭でパノラマ部門観客賞と国際アートシアター連盟賞受賞。(115分)[投票]

Points of View

最近のPOV 5
東京から遠く離れて 追悼、大林宣彦[投票(6)]
2020年4月10日、大林宣彦監督が82歳で逝去されました。生涯に43本の劇場用映画を撮られています。
ギター弾きの仕事 追悼、井上堯之[投票(6)]
ザ・スパイダースのギタリストで作曲家の井上堯之さんが2018年5月2日に亡くなられたそうです。享年77。□出演作(A) □音楽・・70年代(B)、80年代(C)、90年代(D) □再び出演‐2000年以降(E)
私は中川梨絵のファンである[投票(5)]
2016年6月15日。女優の中川梨絵さんが逝去されました。享年67。肺がんだったそうです。・・・・1967年に東宝から成瀬巳喜男作品(中川さかゆ名)でデビュー。その後、日活に移籍してブレイク。70年代前半のロマンポルノを代表する女優のひとりとなります。74年からフリーとなり黒木和雄実相寺昭雄相米慎二池田敏春森崎東ら個性的な作家の作品で存在感ある脇役として活躍されました。なかでも『竜馬暗殺』(74)のモノクローム画面のなかの憂いを湛えた瞳が印象的な遊女や、『歌麿・夢と知りせば』(77)の艶やかな花魁道中姿は忘れることができません。また、このころ唯一のレコード曲「踊りましょうよ」を発表。そのデカダンスな香り漂う甘い歌声に魅了されました。当時、深夜ラジオからラジカセで録音し、擦り切れるまで聴いたカセットテープは私の宝でした。・・・・その後、縁あって2000年以降、私は悪友らと梨絵さんが新宿・四谷で営んでおられた居酒屋に客として伺うようになりました。酔いにまかせた我々の勝手な映画酔談に合わせて、名監督たちのとの想い出や、新作(―こまめにご覧になっていました―)への忌憚ない感想で、その場を楽しく盛り上げてくださいました。にもかかわらず、お店の移転にともない伺う機会を失してしまい、近年は不義理を重ねておりました。・・・・そして、昨日の早すぎる訃報。あちらの世界にも映画界があるのなら、先に逝った方々が梨絵さんの来訪を待ちきれなかったのでしょう。そうとでも思わなければやりきれません。
脚本家・新藤兼人[投票(6)]
そうそう、これも新藤兼人だったよね。
最後のアウトロー 追悼、原田芳雄[投票(11)]
長髪にレイバン、ジーンズ姿。そんなヤクザ、見たことなかった。60年代から70年代へ、大きな転換期を迎えた日本社会が連続性を喪失したのと呼応するかのように、原田芳雄は今までのアウトロー像をひっくり返し登場し、斜陽にあえぐ日本映画界のなかを型破りなエネルギーを発散させながら80年代まで一気に突き進む。しかし、壮年期を迎えた90年代、原田的アウトローは主役の座から退き、どこか居心地悪そうに映画のなかの片隅にいた。しかたあるまい。隆盛から破綻へと向かうバブル騒動のなか、社会に飼い慣らされた中年男はみな従順な羊になり下がり、男盛りの原田が演じるに値する年相応のアウトローなど日本のどこにも居なかったのだがら。そして、最後の10年。ライバル刑事に同情されるアル中の初老のスリ。娘の恋に業を煮やして現れる幽霊。妻の積年の思いに絶句する老医師。商店街の復活を画策する引退した老店主。晩年の原田はエネルギーの燃え残りを燻らせながら、社会や制度からはみ出したじろぐ老人役がよく似合った。日本映画界、不世出のアウトローであった。 ■ニュー・アウトロー時代(A:1968〜74 B:75〜79 C:80〜84)  ■彷徨えるアウトロー時代(D:85〜89 E:90〜94 F:95〜99)  ■翳を引きずるアウトロー時代(G:2000〜04 H:05〜11)