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[コメント] アーティスト(2011/仏)

物語について語るべきことは何もない。白黒やスタンダードの画面もサイレント・モノマネ芸のための必然でしかない。作者がどこまで意図したかは分らないが、「音楽」と「音」と「声」の制御によるコミュニケーション不全男の再生復活劇になっているところが面白い。
ぽんしゅう

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







〔ご注意〕以下、全文のほとんどが重要な部分に関するネタバレです。

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この擬似サイレント映画のためにミシェル・アザナヴィシウスは、「音楽」と「音(効果音)」と「声(言葉)」を周到に使い分けている。それは映画にとっての音響の重要性を再認識させてくれるとともに、ヴァレンティン(ジャン・デュジャルダン)という、ひとりのコミュニケーション不全男の挫折と復活物語を象徴的に形作っている。そこが興味深かった。

冒頭、本編と劇中映画が錯綜する。まず、劇中映画の主人公ヴァレンティンが拷問にかけられ「(秘密を)しゃべれ!」「俺は絶対にしゃべらない」とやり合い、頑なに「声(言葉)」を拒絶するシャレた演出に思わず笑ってしまう。劇場を埋め尽くした客たちは、スクリーンのヴァレンティンに向かってさかんに声援をおくるが声は聴こえない。さらに、スクリーンの裏側では「舞台裏につき私語厳禁」と表示されているにもかかわらず、挨拶のために集まった出演者や映画関係者はおかまいなく喋り続けているのだが、その声もまた聴こえない。ただ、音楽だけは冒頭から鳴り続けている。スクリーン下のオーケストラボックスで楽器が奏でられている様子がさりげなく写し込まれる。

ここで、我々観客はこの本編「アーティスト」が、サイレント映画を題材にしたサイレント映画であり「音(効果音)」と「声(言葉)」は使用されないが、「音楽」だけは(我々の劇場に楽隊はいないにもかかわらず)使用が許可されるという辻褄の合わなさを了解することになる。巧みな導入部だ。映画館の暗闇のなかで、音楽も活弁もない完全な無音映画を観た経験がある人は、その退屈さを知っているはずだ。以後、ほぼ全編に渡って鳴り続ける音楽(火災のシーンではうるさいくらい)が、実はこの映画が成立するための命綱なのだ。

当代の人気俳優ヴァレンティンは、舞台挨拶は自分の思うがままに取しきり、取材に対しても映画関係者の思惑など考慮せず気ままに受け流す。ヴァレンティンはその人気ゆえに、周りとのコミュニケーションを欠いたいささか傲慢な男のように見える。さらに妻との仲もしっくりいっていないようだ。

トーキー映画の登場にヴァレンティンが脅えるシーンが象徴的だ。まず、グラスを置く音が突然響き、けたたましいベルの音、バタンという扉の激しい開閉音と、次々に「音(効果音)」が復活する。突然の異変にヴァレンティンは「声(言葉)」を上げようとするが出ない。たまらず表に飛び出したヴァレンティンは、女たちのけたたましい笑い声の渦にさらされる。笑い声は音声だが言葉ではない。言葉が解放される一歩手前でヴァレンティンの「声(言葉)」、すなわちコミュニケーションは封印されてしまう。このシーンは映画のラストシーンと見事に対をなす。

復活を賭けたヴァレンティンは、ペピー(ベレニス・ブジョ)とともにタップダンスシーンの撮影に挑む。ここまで「音楽」しか聴こえなかった(使用を許可されなかった)この擬似サイレント映画に、タップを踏む二人の軽快な靴音が鳴り響き「音(効果音)」が心地よく解禁される。踊り終え満面の笑みをカメラに向けるヴァレンティンとペピー。息を切らせた二人の「ハァ、ハァ」という呼吸音だけが聴こえてくる。笑い声と同じ、言葉になる一歩手前の音声だ。次の、「カット」という監督の「声(言葉)」が静寂を破り、やっとこの映画は擬似サイレントから解放される。そして、監督のリテイクの要望にヴァレンティンが「喜んで」と応えた瞬間、彼はコミュニケーション不全の呪縛から解放されたのだ。

この「音楽」と「音(効果音)」と「声(言葉)」によるコミュニケーションの疎通演出を計算して、ミシェル・アザナヴィシウスが、あえて擬似サイレントという不自由さを選択したのだとしたら、なかなかしたたかな映画作家だと思う。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (12 人)けにろん[*] tredair[*] 味噌漬の味[*] 3819695[*] ゑぎ[*] ガリガリ博士 ペペロンチーノ[*] 緑雨[*] 赤い戦車[*] chilidog シーチキン[*] セント[*]

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