[コメント] インビクタス 負けざる者たち(2009/米)
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もっともイーストウッドがこのような地点へ突き抜けてしまうことについてはさもありなん、という感覚もある。主要キャストの人物造型の深み、キャラクターの個としての強さという事柄で云えば勿論過去の作品と通じており、本作のモーガン・フリーマンの造型へと発展することに何ら不思議はない。或いはもっと云えば全ての登場人物へのディレクションの透徹した納得性は近作のイーストウッドならではのものだ。透明でありながらもイーストウッドの聡明さが横溢している。ただし、私にとっては、本作はこれまでのイーストウッド作品の中で最も彼以外のスタフの存在を意識した作品だった。『硫黄島からの手紙』なんかでも強く感じられるが、プリ・プロダクションにおいても撮影現場においても非常に優秀なスタフが集合したチームの仕事であり、彼は優秀な統率者なのだと感じる。エリック・ロメールからジェームズ・キャメロンまで映画監督とはそもそもそういう仕事であることも分っちゃいるけれど、本作のあまりの優等生的振る舞い(それはオープニングからエンドクレジットまで徹底しているように思う)は尋常ならざらる程度の多くの入れ知恵とその受容、或いは委譲の結果ではないかと感じられるのだ。イーストウッドが受け入れた結果であることが明白である限り他の誰のものでもないイーストウッドの刻印に違いないのだが、それでも彼以外の創造部分の大きさがこれ程思われてしまうのは、ある種の「衰え」をも感じてしまい、ちと寂しい。
さて、そうは云っても本作が最高の映画監督の新たな傑作であることは確かであるし、その証左として私もいくつか瞠目した部分を記述しておこう。
まず何と云ってもトム・スターンの屋内撮影の美しさを第一に上げなければいけないだろう。近作の中でもとびっきりの美しさではないか。実を云うと屋内シーンが出てくる度に感嘆し、カメラが戸外に出てしまうと早く室内に入ってくれと思ったぐらいだ。あとイーストウッドらしい素晴らしい空撮のシーンがいくつかあるが、中でもフリーマンがヘリコプターで練習場へやってくるシーンのそのヘリコプターの登場カットは実にエロティックで空撮ファンには垂涎のカットだ。また冒頭の散歩シーンで登場する得体の知れない車(実は新聞配達の車)を使ったスリルの醸成とその廃棄という演出が、決勝戦での旅客機のスタジアム激突のサスペンスとその廃棄というかたちで同じように脱臼技の演出で呼応しており、プロット構成として非常に面白いと思う。全編を通じてかなりの時間を割いて描かれるシークレットサービス達が、結局何ら事件処理的な活劇を牽引する活躍の機会を与えられず、ただ単に人種間、体制間を超越する象徴としてのみ機能する、と云った優等生的な予定調和の作劇性は私も本作のマイナス面だと思うけれど、この新聞配達の車と旅客機激突サスペンスは免罪符(或いはトレード・オフ、或いはイーストウッド印の切り札)のような意味合いに思える。少なくも私はこれらのシーンで警備自体での見せ場作りは端から放棄されているのだと早々に合点し受容したのだが、いやそれ以上に何よりも、こんなお尻のかゆくなりそうなヒューマニズム全開の真面目な映画の中にも何ともイーストウッドらしい映画的な茶目っ気たっぷりの活劇演出を盛り込んでくれたことを素直に喜ぼうではないか。
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