コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] 硫黄島からの手紙(2006/米)

戦時下の日本兵の思いを描いた人間ドラマとして伝わるものが大きい。だが、この映画が日本語で製作されているにも関わらず、イーストウッドらしい“アメリカ映画”の側面が臭うのが、評価はしつつも、少し淋しくもある。(2006.12.09.)
Keita

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 本当は日本人が製作に携わって、日本人の監督が、日本映画として撮らなくてはいけない題材だろう。テレビドラマの延長線上のような映画が大ヒットすることで、「日本映画、絶好調」などどいうメディアの特集が出ている現在の日本映画界には、それを求めても時期尚早なのだが、すごく残念である。

 僕はこの映画と対を成す『父親たちの星条旗』を観たときに、クリント・イーストウッドが描いた“戦争”という視点では傑作だが、人間ドラマとして薄いことに不満を感じた。

しかし、この『硫黄島からの手紙』は人間ドラマこそが丁寧であった。硫黄島から帰還後に国債キャンペーンに借り出された英雄たちが、ツアーでアメリカを回る様子が中心だった『父親たちの星条旗』に対し、『硫黄島からの手紙』は舞台のほとんどが硫黄島である。その分狭い空間での物語であり、その点イーストウッドとしては描きやすかったのではないだろうか。

イーストウッドが中心に描いた人物、栗林忠道(渡辺謙)にしろ、西郷(二宮和也)や清水(加瀬亮)にしろ、戦争中の軍人らしからぬ感情を持った、いわばはみだし者のようなもの。そこがアウトロー、クリント・イーストウッドらしい。

西郷は国のことよりも家族のことを思い、戦場で活躍できるような人材ではない。国のため天皇陛下のために死ぬことへ、恐れを感じている男。だが、それで何が悪いのか。戦争という特殊な状況下でなければ、それがごく普通の感情であるはずだ。実は、戦場で彼のような思いを持っている兵隊が多かったのではないだろうか。そんな人々が戦場で命を失った太平洋戦争。そこで亡くなった人を敬う気持ち、それを持っていても悪いことではないはずだろう。

 だが、戦場でひとりの兵隊が感じる思いを、西郷という日本側の兵隊において描き、逆にアメリカ人に訴えかけるように構成したのが、やはりイーストウッドがアメリカ人であり、製作者の多くがアメリカ人だからというのが、興味深い。

アメリカ海兵隊のサムという男が捕虜となるエピソードが印象的だったが、このシーンにより、戦場で家族を思う気持ちは敵であれ味方であれ、まったく変わりはないということを示した。多くのハリウッド映画が戦争を描く際、敵側をエイリアンのように描写してきたことを考えると、アメリカ人に対して一種の警告を与えたようにも思える。それは捕虜とした抵抗しない清水を放漫な理由で射殺したシーンでも同様だ。

父親たちの星条旗』と同様に、アメリカの闇を感じさせるところ、これにより、『硫黄島たちの手紙』も日本人キャストを使って製作してはいてもやはり“アメリカ映画”なんだということが良くわかる。それが冒頭に述べた、日本映画界に対する不満に繋がるのだ。

 『硫黄島からの手紙』では、西郷が結局どうなったのか、それはわからないまま映画は幕を閉じる。だが、それを補うのは、もしかしたら『父親たちの星条旗』なのかもしれない。戦後の痛みという意味では、『父親たちの星条旗』での視点は本当に鋭かった。そして、戦場での痛みという意味では、『父親たちの星条旗』を『硫黄島からの手紙』が補うのであろう。

イーストウッド曰く「コインの表裏のような関係」という2連作は、両方を観てはじめて完結するものだ。それぞれ不満点はあるので、このサイトの採点ではどちらも4ツ星であるが、このプロジェクト自体にというのであれば5ツ星にしたい。戦争を語る上で、ふたつの敵対した国、双方の視点から描くということで、いかに深くまで追求できるかがよくわかった。この2連作は、戦争映画の矛盾というものを、排除するための素晴らしいプロジェクトだったのではないだろうか。しかも、それがイーストウッドの手で成されたと思うと、彼への尊敬の念は、深まるばかりである。

(評価:★4)

投票

このコメントを気に入った人達 (13 人)SUM[*] Zfan[*] Santa Monica プロデューサーX[*] ナム太郎[*] NAMIhichi[*] Orpheus 甘崎庵[*] リア 映画っていいね[*] にゃんこ[*] ふかひれ セント[*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。