[コメント] マイノリティ・リポート(2002/米)
映画を見終った人むけのレビューです。
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「トム・クルーズも麻薬と仕事に溺れるようにして現実逃避をはかる男の姿がリアルに感じられる好演」
なんといっても、彼の息子を誘拐したと述べる男と対じした時のトム・クルーズが出色。息子を深く愛するがゆえに、心に傷を持ち、苦悩し、葛藤しながら踏みとどまる、そんな一人の人間の姿が見えてきた。この演技と魅力だけで、私は十分5点を付けられる。
その上でSFファンとしてあえて、述べたいことがある。この映画は、原作の基本的なアイディアと設定だけをもってきて、ストーリー展開はまったく違ったものになっている。
映画では、今から50年後のアメリカ、ワシントンを舞台に、交通システムやPCのインターフェイス、網膜走査による個人の識別など、予測されるスタイルを大胆に取り入れている。聞いたところでは、スピルバーグはこれらの一連の未来像を、よりリアルに映画にするために、かなりの規模の専門家達の話を聞いたそうで、それなりの成果は出ていると思う。
それらは「へー」という感じで楽しめるし、目玉オヤジみたいに眼球がコロコロ転がって溝に落ちたり、オーケストラの指揮者になり切って周囲に賞賛される娯楽とか、所々に挿入されたユーモアや、空中アクション、スパイダーロボットのユーモラスな動きなど、細かいところに神経を配っている。なんだかんだいってもこれらは、上級のエンターテイメントとして、娯楽作品として十分な魅力を持っている。
ただこれをSFとして見た場合はどうだろう?50年後の社会の姿がどうなるか、この点ではそんじょそこらの空想ではない、かなり現実的に考えられるものを持ってきているし、それはSFのあり方として一つの見識だと思う。しかし、そういう努力、イメージされた未来社会像と、「予知能力者」による犯罪予知という本編の骨格をなすアイディアとは、まったく関係がないのである。
「予知能力」という現実的ではないSF的なアイディアは、50年後の社会でなくても、現代の社会に置き換えても成立する。空飛ぶ警官のかわりに、走り回る警官が未来の「加害者」を追いかけてもよいわけだ。
そしてこの欠点が実は題名に端的に現われている。例えば同じディックの原作による『トータル・リコール』は原作小説から、記憶が操作できる、というアイディアだけ拝借していて内容はまったく異なっている。だから原作とは題名もまったく違っている。(原作の邦題は「追憶売ります」。原題は「We Can Remember It for You Wholesale」)
ところが、なぜこの映画が「マイノリティ・リポート」という題名でないといけないのか、はっきりしない。劇中「マイノリティ・リポート」(少数報告)は、一つの可能性くらいの扱いで本筋のストーリーとはあまり関係ない。ところが原作では、「少数報告」というものがかなり本質的な意味を持つストーリー展開をしている。
もっと突っ込んで言えば、映画では「プリコグ」が三人いる意味がほとんどない。さらに変更された未来と、その変更の元になった「予知」との関係をどう考えるか、これはかなり難しい問題だ。原作では一応、未来の変動可能性とか多重未来、ということで簡単にではあるが説明されている。その中での殺人予告だという位置づけだが、この映画ではあいまいなままである。
ただこうしてみると、ディックという作家はつくづく映画向きだなあ、と改めて感じた。つまり、鋭いアイディアと基本的な設定は本当に映画向きだが、それをもとにした彼の小説は実は意外に構造がもろく、ストーリー展開は陳腐で、ときには「ボロ」も出てくる。(『トータル・リコール』の原作にもボロが出ている)
この辺がアーサー・C・クラークやアイザック・アシモフなどと異なるところで、基本アイディアについてはともかく、彼らののSFは科学的な厳密性がある程度つらぬかれているから、どうしても説明調になってしまい、小説ならともかく映画には向かないだろう。
しかし、ディックの方はその辺が結構いい加減だから、映画化するときにかなり脚本で自由にできる、ということか。作家としてはどちらが幸せなのかはわからないが。
この映画について言えば、本格的なSF、というか、論理性と科学性をつらぬいたという点では不満が残るが、50年後はきっとこうなっているだろうというアイディアを視覚で見せ、さらにエンターテイメントとしても楽しめるのだから、それはそれでいい、とは思う。
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