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[コメント] 新聞記者(2019/日)

現政権へのダイレクトな批判を描写したことに驚いた。まだこういう物を作れる余地は残っているのか。。
おーい粗茶

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







ジャーナリズムや市民的な正義感が、権力に抵抗するが結局虫けらのごとく潰されていく、などという話は、反戦映画や、それこそ社会派作品で何度も見せられてきた。そしてオチはいつも同じで、組織に個人は勝てっこないという、それ。現政権で起きた事件を、かなりダイレクトに描写でもしない限り、支持者のうちの7割もが「信用できないけど他よりはマシ」という理由で政府を支持しているというくらい、世界でも相当残念な部類の「長いものに巻かれておけ主義(この国の民主主義は形だけでいいんだ、って内調の長官に愚弄されてたっけ)」の「諦念大国日本」にあっては、はっきり言ってフィクションのネタでこれを見せられたところで、手垢のついたこのテーマは当事者意識のない観客には響かないと思う。この企画をたちあげて制作に着手した制作陣、オファーを受けた俳優陣は偉いと思う。その人たちの政治的主張がどこにあってその信念に基づいての行為なのか、特段の理由はなくただオファーがきたから受けただけなのか、それはわからないけど、彼らは果たすべき職責を果たしたのではないだろうか? 

オファーを受けたが、何かしらの圧力があった、とか、思想的な偏向を疑われ後々の仕事に支障があるんじゃないか、とか、周囲の出方で自分の行動を決定する日本人が圧倒的に主流の中で、この作品作りに参加したものは、おそらく最終的に自分の意志で、表現者という職責として(それがどういう主義主張であることはいったん置いておくとしても)これを選択したんじゃないかな、と思う。

この作品で問われているのは、劇中で主人公の新聞記者が発する一つの台詞「私たちはこのままでいいのか?」に集約されていると思う。組織が人を意に添うように動かす力は「人事権」という権力である。近畿理財局の官僚、日大アメフト部のコーチ、みなそうだろう。自分ひとりなら、組織の不正と闘って滅んでも構わないと思っても、家族を人質にとられたらどうか? 戦国大名だって従わざるを得ないと判断することもあるのだ。思えば不透明に決められ、決定の妥当性が客観的にほとんど検証されることもない割りには、当事者の命の問題に大いに関わる「人事」という権力の危険な恐ろしさ。われわれの多くが何らかの組織人として生命を維持している中で、本作のような「組織の不正」にでくわした時、その組織の本来の「あるべき姿、為すべき事」に立ち返り、必要とあれば組織に立ち向かうことができるのか? 本来の職責を貫くことはできますか? と問うているのが本作だと思う。内調の職員が来る日も来る日もでたらめをツィートしているカリカチュアされた姿(ただのリアリティだったりして(笑))が対照的で、こいつはもうおのれの職責に対してのプライドなんてとっくに捨ててるわけだ。

父の死を胸に信念を貫き通す新聞記者の生き方、命がけで協力しようとして最後は結局権力に屈服させられる生き方(横断歩道の向こう側で「魂」を踏みにじられた時の人間の顔ってこんな感じかぁと思わせる松坂桃李の表情は素晴らしい)を通してこの作品はわれわれ一人一人に投げかけるのである、ふだんの組織の中で、私は自らの職責に目を背けていないだろうか? その「本来の為すべきこと」と「それを果たすことを許さない組織の在りよう」について。

(評価:★4)

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