コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] クロッシング(2009/米)

本作は三人の刑事がそれぞれの「一線」を超える瞬間を描いている。リチャード・ギアは「仕事」と「私人」の境界を越え、ドン・チードルは「仕事」と「私情」の枠を取り払い、イーサン・ホークは「仕事」と「私欲」の狭間を飛んだ。
田邉 晴彦

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







その全てが決して幸福な結末を連れてこない。どこまでも虚脱感におそわれる作品である。

「警察内部の腐敗」「麻薬捜査の実態」をモチーフにしているが、本質的なテーマは、“職業”が内包するモラルの危うさと、それが長い時間をかけて一人の人間に与える影響力ではないかと。

潜入捜査と言えば『ディパーテッド』、麻薬捜査と言えば『フレンチコネクション』といった具合に、まあハリウッドで再三取り上げられてきたモチーフであり、そこに新鮮味はない。じゃあこの映画にフレッシュな部分が一切ないかと言うとそんなこともなく、現場にいる“警察官”を一人の“人間”として捉えると彼らのモラルにどんな変化が起こるのか、という独自のテーマ設定はなかなかユニークだと思うわけで。だから、この映画の推進力はクライムサスペンスとしてのドキドキ感ではなく、人間ドラマとしてのハラハラ感。

子供のころ好きなことでも、それを仕事にすると、その真実を目の当たりにするにつけ 現実の恐ろしいまでの冷酷さと酷薄さにうすら寒くなり、いつしか情熱を失ってしまう。そんな経験、社会に出た大人なら一度や二度はあるのでは?それを極端な描き方をすれば、劇中の三人の警官のようになると思う。

リチャード・ギアは長年のお勤めで警察組織のなんたるかを知っている。だから無駄なことはしない主義。殺人、強姦、強盗…ブルックリンでは日常茶飯事の出来事に麻痺しており、新人警官にはシマの外で起きた事件はほうっておけと教えている。そんな彼が定年を間際にして新人の刑事をかばおうとするも、警察組織は世論を気にして事件を捏造してしまう。ほとほと警察組織に嫌気がさした彼だが、警官でなくなった瞬間にやっと正義をまっとうする瞬間に遭遇する。

しゃかりきにシャブディーラーの首根っこをおさえ人一倍危険な現場に突入するイーサン・ホーク。身を危険にさらして働けども働けども子供のためにカメ一匹飼えず、妻はハウスダストで肺炎になっている。一方で麻薬のディーラーたちはBMWを乗りまわし、女たちを抱いているという。不条理この上ない。そんな環境にブチきれた彼がギャングの現金の強奪に向かうと、あっけなく後ろからハチの巣にされて死亡。また、彼の身を案じて救出に向かう友人がああいった結末を迎えるということが皮肉としか言いようのない。

トン・チードルも同様。潜入捜査をして長くなると、出世欲ばかりの上司より、生死をともにしたディーラー仲間の方にシンパシーを感じていく。ウェズリー・スナイプスが劇中で「収監」という言葉を使ってドン・チードルを驚かせる。また、チクリの疑惑をもたれていた仲間を見逃しあまつさえ歯の治療費をだしてやる。変わり始めているこの極悪人に憐憫と好感を禁じ得ないドン・チードル。だからこそ、ドン・チードルの逡巡に共感が生まれ、その後の彼の行動も一定理解が及ぶ。しかし、彼が撃つべきだったのは、友を殺したギャングの雑魚ではなく、もっと大きくて真っ黒な社会の深層のようなものだったかもしれない。

書いているうちに良く判らなくなってきました(笑)まあ、とにかく良い作品だと思います。

(補記) 街中どこにいても聞こえる高架線を走る電車の音が閉塞した地域で起きる事件を印象づける。『ザ・タウン』でもこんな感じの仕掛けがあった。

(補記) しかし、邦題、なんとかならなかったわけ?北朝鮮を舞台にした別物『クロッシング』が日本で公開されて間もない時期だっただけにかなりややこしや。

(評価:★4)

投票

このコメントを気に入った人達 (7 人)DSCH[*] プロキオン14[*] jollyjoker[*] 赤い戦車[*] IN4MATION[*] 3819695[*] けにろん[*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。