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[コメント] サトラレ TRIBUTE to a SAD GENIUS(2001/日)

「サトラレ」のような人間は、他人や政府から人生を操作されても当然だ、という考えに疑問を抱かせない危険な映画。
NAMIhichi

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







もし、私が「サトラレ」だったら、それを自覚したい。たとえ無人島(!)に行くことになっても、自殺することになっても。別に「サトラレ」でなくても同じだ。それがどのような境遇の人間であっても、他人の「人生」そのものを取り上げたり与えたりしている人々の方が、よっぽど人間として「異常」だと思うし、それに疑問を抱く人がこの作品に一人も出てこないのは、危険だと思う。まして、一人の人間の人生を何の罪悪感もなく操作している人々が、その人に「手術」という「機会」を与える場面で感動することなど、私にはできない。うがった見方をすれば、唯一の身内が祖母という設定も、主人公の人生に政府が介入することに抵抗できない、一般に「社会的弱者」と認識されている老人の方がストーリーの展開に都合がよいからわざわざ用意したのか、とも思えるし、「身内の死」という題材を使えば誰でも感動するだろうと言わんばかりの展開もいやらしく感じられた。

最も拍子抜けしたのは、主人公の思念の他愛のなさ。別に筒井康隆の「七瀬シリーズ」のようなどぎついものを期待していた訳ではないが、主人公も含めて、登場人物の人間描写があまりにも楽観的もしくは偽善的すぎる。それを強く感じたのは、手術の後に患者が殺到する不自然なシーン。人の感情はもっと複雑で、何かに感動したところで、一日も経てばそれこそ色々な雑念に薄められて刻々と変化するものだし、誰でも醜い感情をそこそこ持ちながら生きている。それが素通りされ、政府の人間=ワル、それ以外の人=ほどほどにいい人、という図式になっているために、無人島にいたもう一人の「サトラレ」の、人として正常な欲望の思念さえ異常なもののように、錯覚を起こしかねない。こういった描写がなく、人を美化するためだけなら「サトラレ」という人間を扱う意味がないし、逆に、軽いコメディで押しとおすなら、無人島のシーンや精神科医など必要ないのではないか。そんな不可解な気持ちで観ていると、最後には「感動」が用意されている、何ともちぐはぐな映画だった。

(評価:★2)

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