[コメント] 風立ちぬ(2013/日)
宮崎監督は若い頃から左翼の闘士で、ソ連崩壊前に共産主義自体は見放していたそうですが、それでも強固な左派的平和主義者であることは有名でした。しかし一方でこれも有名な話ですが、戦車や戦闘機などの愛好家で、今で言う「ミリオタ」の側面も持っていました。 個人的には、そういう主義思想と嗜好の不一致は当然ありうることで、むしろ思想と嗜好を無理に一致させる人間のほうが不気味だと思うのですが、世間的にはこれはわりと大きな矛盾と考えられていたようです。本作は、一部ではその矛盾に答える作品などと言われているそうですが、はっきり言って全然答えていません。反戦平和主義から見れば、堀越二郎は自分の夢を実現させるために現実から目を背けて人殺しの道具を作った許しがたい人間に見えるかもしれません。
それで、作品内で二郎がその葛藤に悩むかというと、さほどに悩みません。もちろん彼は人殺しの道具などは作りたくはなかったのでしょうが、夢を実現するために軍用機を作ることに迷いはありません。彼は日本の将来に悲観的で、多分戦争にも負けると思っていたのでしょうが、それでもいい戦闘機を作るという目標にぶれはないのです。そして病弱な菜穂子とともに最後の時間を過ごすことにも躊躇はないように見えます。
これは年老いた巨匠が「こうとしか生きられなかった人生」について描いた作品で、ある意味開き直りとも言えます。ラストシーンは『Uボート』につながるような虚しさと、そしてあの映画にはない美しさがあります。功成り名を遂げ、多くの傑作を作ってきた老監督の最後のつぶやきだと思うと、彼の作品とともに多くの時間を過ごした私は胸を打たれるのです。映画を見終わって時間がたつごとに、印象が深くなる作品でした。
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