[コメント] Deep Love 劇場版 アユの物語(2004/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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別に高校生が売春しようがクスリ打とうが知ったことじゃない。既にそれなりの判断を下せる年齢にはなっているんだし、もしまともに判断できないというのであれば、それまでの己の人生を呪うところから始めればいい。知り合いだったら注意くらいはするが、それ以上のことは知らない。
それと同様に、この映画で誰が感動して誰が涙を流したのかも知ったことじゃない。上手くしたら一人くらいは「明日から売春やめよう」って思う人だっていたかも知れない。どんなに作品のレベルが低くても、その作品が観客一人一人に与える影響というのはまた違う話だ。「やっぱ愛だよ。愛がバリ大事だよ」って思った人にとって、その感想は少なくとも「悪いこと」じゃない。その愛がどんなに薄っぺらでも、方向性は間違ってない。それをどう活かすかは、それからの彼ら自身の行動次第だ。
ただし、発信する側が薄っぺらなのは明らかに悪だ。愛を伝えようとするあまり、愛と一緒にたくさんの余計な薄汚いものを観客に送りつけるのは間違いなく悪だ。Yoshiは観客に薄っぺらな愛を伝えると同時に、その薄っぺらさを補って余りある大量のゴミを押し付けてきた。そのゴミは薄っぺらな愛に包まれているから、感動した観客は気づくことなくその心の中に仕舞い込んでしまうんだろう。ただのゴミよりよほど始末が悪い。
年寄りは体が弱い。心臓の機能だって低下する。急激に驚かせたり走らせたりすると、そのショックは後々まで残る。若者と違い、数日後にその反動が襲ってくることだってある。つまらない電話でお婆ちゃんを死なせたのはアユだ。だけどその罪はどこにも描かれずに物語は進む。お前の売春の話なんか聞いてない。そこはお前なんかの人生を語っていい場所じゃない。きっとこのYoshiという男は、どこに行ってもこの調子で自分の悲劇を語る人なんだろう。
そしてAIDSは通常そんな簡単に発症しない。5年10年とじっと体内に潜伏し、それから徐々に免疫力が下がり始める。潜伏期間には自覚症状なんてない。HIVはただじっと時を待ち続け、無自覚な宿主の性交相手に感染を続ける。免疫力が低下した体は様々な病気を患い、肉腫ができ、斑点が出て、肺炎を起こし死に至る。アユがいつから売春をしていたのか、物語ではそこは描かれていない。だからといって17歳の少女がAIDSを発症し、きれいなままで咳だけしながら死んでいくなんてことはできない。今現在人が死に続けている病を扱うに際し、余りに短絡で余りに怠惰だ。何より今の医学では、HIVキャリアだからといってそう簡単には死なない。もっとちゃんと戦っている人が数多くいる。
この映画で描かれているのは「AIDSは売春で伝染り、すぐに咳が出てすぐに死ぬ」ってことだ。間違った事実は間違った偏見を生む。未だに同性愛者の病気だというイメージから脱却しきれないAIDSという病気において、それは次の差別の口実となり、病気と戦う人々に新たな足枷をつけることとなる。そしてさらには、「発症していない」という理由だけで自らをシロだと思い込む奔放なウィルスキャリアを生む。映画に裏付けられた誤った知識は刃となって、国内での患者の激増に手を貸すことになる。
映画内のアユがまさにそれだ。彼女はやつれ、咳をし、病気を自覚しながら売春を続ける。愛する義之を救うため、無自覚に人を殺し続ける。その行為を美しいものとし、彼女を買う男たちは死んでもいいとするなら、その行為のどこに「命の大事さに目覚めた」アユの姿を見ろというのか。
もしこの作品を誰かに捧げようという真摯な思いが本当にあったのなら、それは「全てのHIVキャリア」に捧げられる作品とするべきだ。「援助交際で感染した」という前置きは、病気の感染理由に貴賤を強いるというだけの行為であり、死に対する偏った美化のみを目的とした行為だ。何かをよくしようという意志なんて、これっぽっちも感じられない。
結局のところ、お婆ちゃんもアユも「死ぬ」というインパクトのある行為のためにスクリーンに登場してきただけであり、最初から命など与えられていなかった。命を持たない者に命の何が語れるというのか。Yoshiは「人が変わるきっかけになれば」とこの作品を書いたそうだが、まずは自分が変わるきっかけを掴んだ方がいい。片手間の鼻歌で人がついてくると思ったら大間違いだ。
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