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[コメント] ファントム・スレッド(2017/米)

本来、「相手を理解する」という行為は途轍もない困難を伴うもので、大半が理解したつもりの共犯関係を演じているだけだ。お互いを守るために。そして、このゲームを破ろうとすると、自ずと二人の関係は命のやり取りになってしまう。その緊張の先にある異形の、便宜的に愛と呼ばれる何か。ビルとザ・ブライドのように。二人の間でしか成立しない、聖域の愛。菜穂子と二郎のように。変態万歳。
DSCH

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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ダニエルが名優だというのが改めて確認されるあの笑み。格調高い痴話喧嘩、安っぽいスリラーになりかねない筋、そのクライマックスであるキノコオムレツのあの件。「あなたを生かすために少しだけ死を与える」旨を宣うアルマの空気変換力もすごいのだが、「おめえ、わかってるじゃねえか」と言わんばかりのレイノルズの笑みで、全てが決定する(ダニエル、アンタもそっちだったのか)。大半の人間はここで引くのだろうが、わたしは引かない。わたしの愛する映画や小説の多くは、この異形の愛が成立する瞬間を描いてきたのだった。共感できる愛など糞食らえだ。その瞬間達の中でもこれは極めてスリリングなものの一つだったと思う。二人の間だけで「理解」が成立した、まさにその瞬間を捉えている。演出、演技、音楽、全てが噛み合った、おぞましく変態的な美しさ。

オムレツに続くバスルームのシークエンスも最高だ。ドアが閉じられた空間のシーンで最も重要なものの一つだろう。パジャマ姿で洗面器を抱え、床には新聞紙。悪寒もそろそろきているのだろう、ガタガタ震えながらもニッコリ「愛してる」には参った。二人の間だけでしか成立しない、聖域の、愛の言葉。これは『ブギーナイツ』の、「お前は世界で最高の売女だ」の延長にある美しさだ。本気で羨ましいと思ってしまう。変態みたいだが。

こういう映画にはおしなべて弱いのだが、わたしの中では審美的な側面だけでも、★5を突破してしまった。今回、自ら撮影監督も務めるPTAの心境はどんなものだったろう。何本も決定的傑作を撮ってから撮影もこなしてしまった巨匠、というとタランティーノ師を思い浮かべる(わたしの映画経験は乏しいのでこれくらいしか思い浮かばない)のだが、やっぱり被写体への恋、みたいなものなのだろうか。1950年代ロンドンの雰囲気を演出するための名目で70ミリなどのフィルムを使っているらしいのだが、そんなことよりも、スモーキーなのにしっとり濡れてるような、シャープなようで丸みがあるようなその質感に、何というか恥ずかしい話なのだが、恋愛している時のビジョンみたいなものを思い出してしまったのだった。この主演二人相手なら致し方ないような気もするが。 ミュージックスコアも最高。「お前らにはわからないかもしれないが、甘美ってこういうことなんだぜ」ってメッセージを感じた。久々にサントラを買ってしまいました。

そういえば聞くところによると、このストーリーは監督自身が実体験に基づくものなのだそうです。やっぱり変態なんですね。変態万歳。しかし、ある種のカリスマがコミュニティを築き上げ、しかし自らに対して懐疑心を持っていて、程度の差こそあれ、瓦解をどこかで希求している、って筋が多いような気がします。というか、その「程度」の匙加減で変奏を続けているようにも思います。作家性を読み解くカギの一つと思うのですが、監督自身には自壊欲求は持って欲しくないものだと思います。

(評価:★5)

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