最近のコメント 10 |
★3 | 彼とわたしの漂流日記(2009/韓国) | 差し入れの可能性自体が男から生き甲斐を奪うのは構わない。女の同情が嫉視にならないために男には他の可能性が必要だったのだ。が、
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★4 | 日日是好日(2018/日) | 感情を言葉で説明して寄りたいものに寄らずにはいられない具象化の力が、深みを剥奪しながら目論むのは、「時間化」という俗の極限であり、ジャンクフードのような豊穣が茶という究極の俗物趣味を迎え撃つのである。 | [投票(2)] |
★3 | 17歳のエンディングノート(2012/英) | 暴走した夢見る乙女回路が男優をみな去勢するという蛮行に走り、ダコタの傍らに横たわる去勢された男に生じる、性欲の痕跡ともいうべき隔靴掻痒が緩慢な病の体感を代替し、受け手の生理を直撃する。 | [投票] |
★4 | GONIN(1995/日) | 線条的な叙法に終始する本木雅弘の身体は初期北野というノンリニアな叙法とクロスオーバーしない。にもかかわらず、なぜ本木と北野という組み合わせなのか。 [review] | [投票(1)] |
★4 | 惑星大戦争 THE WAR IN SPACE(1977/日) | 浅野ゆう子の嬉戯的な肢体によって悲劇的量感へと圧搾された三角関係を森田健作の身体能力が明るい旋律で表現し、缶ピースの開封に手間取る池部良の気まずさの醸す恐るべき緊張がアナクロの極致をいく末期的世界像に戦慄を走らせる。
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★3 | 8月のメモワール(1994/米) | この算段の意味のなさは、貧困というよりも福祉の蹂躙に生き甲斐を奪われたドバイ市民の苦悶に近く、非経済に苛立ち量感への奉仕を羨望した夢が醜悪なツリーハウスという恵みに達するのである。 | [投票] |
★4 | 劇場版 テレクラキャノンボール2013(2014/日) | すべては擬制であっても行為さえすれば一瞬でドラマを抽出する神経生理の手管が食糞という世にも稀なる無為へとエスカレートしたとき、そこから男の求愛ディスプレイの悲愴を引き出すのは、アウトカーストの連帯に絆された女からの労りであった。
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★4 | ヌードの夜(1993/日) | バブルスーツが竹中直人の肉体を内包するのが緊張だとすれば、サスペンスが喜劇に耐えられないような、事をカテゴリーに帰属できない不安に苛まれるのだが [review] | [投票(1)] |
★4 | プールサイド・デイズ(2013/米) | スザンナが浜辺で読書をしている。これは文系浪漫という名の唾棄すべき助平であり映画ファンへの迎合である。性欲の強いこの物語にあって、自らが露見すべき場所が見出されたとき、文系浪漫のイヤらしさの発端となった助平心はようやく文系少年を救う。
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★4 | 野獣刑事(1982/日) | 偶然撮影された火事場以降、これはドラッグムービーにすり替わっていて、事態は、すべては泉谷しげるの譫妄のような、一種の放心として表出している。 [review] | [投票] |