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[コメント] 狼たちの午後(1975/米)

ちくしょったれ…何もかも思い通りにならねぇ…
田邉 晴彦

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







という嘆きが項垂れるアル・パチーノの姿から存分に醸し出ている。本作のテーマはまさしくこの一言に尽きる。

銀行に押し入る。しかし、ひよった仲間の一人が速攻で裏切る。自分の身長が足らず監視カメラをつぶすスプレー噴射が届かない。銀行の金庫にははした金しか残っていない。そうこうしている内に警察に囲まれる。海外逃亡を相談した仲間から「ワイオミングに行きたい」と間抜けなことを言われる。人質はしょんべんを垂れたいと文句を言う。介抱した銀行の支店長から「偽善者ぶるな」と言われる。当初は「アティカ!」の号令に同情をしめすギャラリーもソニーがゲイだと判明するや否や批判的な態度を示すようになる。しかも、ゲイの恋人からは愛を拒絶される。母親に見当違いの言葉をかけられる。最後に愛を伝えようとした妻は自分の言葉を聞かず一方的にがなりたてる。

もう、散々だ。そんな状況にめげず彼は言う。「これは俺の責任なんだ。俺の選んだことなんだ」と。しかし、観客から観ればもちろんそんな体裁には見えない。周囲の人間のエゴや社会情勢(ベトナム戦争)やセクシュアリティ(ゲイ)に振り回され続ける男、それがソニーだ。そこに彼の描く、自ら道を選択し責任をまっとうする理想的な男の姿はない。真面目ではあるがそのために絶望的なデッドエンドに迷い込んでしまった社会的弱者の成れの果てである。

最終的に逃亡劇は失敗し、相棒は殺され、ソニーは逮捕される。せっかく入っていた保険も遺言もこれでフイになった。ストックホルム症候群に陥っていると感じられた人質たちは、サルが銃殺され、自分が拘束されているのに目もくれず、お互いの無事を喜び合っている。その様子をみて、あれほどぎらついていたソニーの目の中にはっきりと“諦観”が宿る。実に見事なシークエンス。派手な音楽やアクションに頼ることなく、演出一発で表現したシドニー・ルメット監督の手腕が光る。

夏の暑さすら人間にはどうしようもできない。所詮、僕らはそういった制約の中であがき続けるしかないのだ。

(補記1) 3度繰り返して「銃をあげろ」というセリフが見事。これによってサルも観客も特に抵抗なく銃の照準をはずしてしまう。その一瞬の隙をついて解決に導くFBI。特にハリウッド映画において、犯人を主人公に据えた場合、FBIを無能な集団として描くきらいがあるように感じているが、本作では非常に有能な彼らの仕事ぶりが堪能できる。 おそらく、こちらの方が実際的なのではなかろうか。

(補記2) どんどんと汗ばんでいく彼らの様子が殊更に時間の経過と盛夏のうだるような暑さを感じさせてくれる。あぶらぎっていく髪、はだける胸元。これを衣装の一環としてとらえるなら、スタイリストは本当に有能だ。

(評価:★4)

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