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[コメント] サラの鍵(2010/仏)

たとえば序盤の何気ないシーン、病床の義祖母が「『テザック夫人』と呼ばれうるのは私だけだ」とクリスティン・スコット・トーマスの呼び名を米国風に訂正する場面ですでに周到に提示されている通り、ともかくも「名前」の物語である。人を探すこととは、その名の持ち主を探し尋ねることにほかならない。
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ときに弟の名を騙り、やがて米国人との結婚に伴ってユダヤ性ともフランス姓とも別れを告げるだろう少女が強制収容所を脱する際、監視兵に自らの本名を名乗り上げるシーンはしたがって雄弁な挿話である。パリで検挙されたユダヤ人たちのひとりびとりは「一万三〇〇〇」人などという数詞に回収されてよい何かではない。むろん名前など記号にすぎないだろうが、それこそは人が固有の血と肉を持った存在であることを証し立てる記号だ。ゆえにここでその対照として、人々から名前を剥奪する「儀式」を(私の知る限りでは、最も)残酷かつ正確に撮った映画――スティーヴン・スピルバーグシンドラーのリスト』を想うことに唐突な点はひとつもない。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)DSCH 煽尼采 シーチキン[*]

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