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[コメント] 一人息子(1936/日)

カメラが見つめる「小さきもの」「はかなきもの」。
くたー

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







ランプ、人けのない工場に漂う綿埃、蛇口から垂れる水滴、風にたなびくトンカツ屋の旗、洗濯物、煙突から流れる煙、ふすまに張られた逆さ鬼の絵、籠の中の鳥、畳まれた布団の上に乗せられた枕、畳に投げ出される帽子、等・・・。人物を排した風景の中のそんな「小さきもの」「はかなきもの」が、極度に長い時間をかけて挿入される。

そしていつしかそんなものを見守る目は、ラストの帰郷してから仕事場の裏をトボトボと歩く母親をとらえ、そこで彼女も時の流れ、社会の流れの中ではあまりに無力な「小さきもの」であることを知る。彼女が腰掛けてつくため息は、自分の思い通りに育ってくれなかった息子への嘆きというよりも、期待通りではなくとも優しい人間として育った息子を思い、今まで自分が必死の思いでしてきたことの空しさ、そして思惑を他所に一人育っていく息子に、まるで自分がとり残されたような言いようのない寂しさがつかせたため息という印象が強い。しかしそんな彼女を始めとして、「小さきもの」に注がれる眼差しは限りなく優しく、慈しみに満ちている。小津監督たる所以なのだろう。

小津監督のトーキー第一作。とはいえ表立っての会話よりも、ひっそり遠くに佇む姿や、無言で火鉢の灰をかき回す姿や、重そうに丸められた背中が語るものの方が、はるかに雄弁であったりすることが多い。極度に切り詰められた「音」を考えると、まるで無音の空間を引き立たせるための「音」であるようにさえ思えてくる。厭世感に満ちているとはいえ、何とも「サイレント」な味わいに満ちた佳篇、と思う。[4.5]

(評価:★4)

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