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[コメント] キック・アス(2010/英=米)

色々文句を言っても、半ば暴力的に「面白い」の一言でねじ伏せられてしまう。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 これは正直結構観るには覚悟が必要だった。「とてもおもしろい」と言う噂は聞いていたし、ヒーローものはやっぱり押さえておきたいと言う思いはあったものの、なんか痛々しいもの見せられるんじゃないか?と結構恐々と…

 で、困った。本当におもしろいのだ。ただ、これを素直に「面白い」と言ってしまったら、なんかこれまで自分が積み上げてきたものを崩してしまいそうな気持ちになってきた。

 理由としていくつか挙げてみよう。

 一つ。本作をキック・アスだけを焦点にして考えてみると、これは『タクシードライバー』(1976)の模倣にすぎないこと。デイヴはトラヴィスのような強烈な個性あるいは求めるものがないため、本当に単なる“模倣”であり、悪い意味での70年代邦画っぽい感じが抜けないこと。

 一つ。年端もいかない女の子に「○○○○野郎」とか「腐れ×××」とかモロの台詞にはさすがに引いた。なんか自分の美意識にあわないと言うか、逆にそれで燃えてしまう自分が嫌というか…

 一つ。この話だとヒーローが単なる殺人者になってしまうと言う問題。悪人を殺せばそれだけでヒーローになってしまうという短絡的思考になりかねない。リアルな話ならそれもありかもしれないけど(ブロンソンの『狼よさらば』(1974)みたいなのだったり、それこそ『タクシードライバー』だったら)、ファンタジー性の強い話だから、その分違和感をどうしても感じてしまって…

 それで二、三日考えていたのだが、やっぱり素直に言おう。

 「これは面白い」

 何の力も持たないヒーローオタクが中二病丸出しで活躍して、それがマスコミに取り上げられてヒーローに祭り上げられてしまうなんて、そんなどこかで観たようなものを又見せられるのか?それもう『タクシードライバー』(1976)でやったし、ヒーローものとしても『ゼブラーマン』(2003)で充分だよ。

 だけど、これは少し違った。いや、メインストーリーに関してはそのものなのだが、ここに殺し屋のビッグ・ダディとヒット・ガールの父娘が加わったことで、全く違った様相を見せているのだ。

 本来この二つの物語は別個のものである。どちらもB級そのものとは言え、単独で作っても全く問題はなかった。ところがこの二つ、たった一つマスクヒーローと言うだけでつながったこの関係が物語上、化学変化を起こした。

 これにより、ヒーローオタクのデイヴは自分には踏み込んではならない領域があることを認識させられつつ、敢えてそこに踏み込まねばならないところに追い込まれ、父娘は、単なる隠れ蓑でしかなかったキック・アスを最終的には頼りに復讐を成し遂げていく。この二つの物語が合わさったお陰で、物語は先が見えないものへと変化していった。しかも二つの物語の融合がここまで見事にはまってる。ここまでくると賞賛するしかなかろう。

 又、本作はヒーロー論に深く関わった話でもある。ヒーローオタクであるデイヴからヒーローとは「覚悟である」と最初に言われており、その通りデイヴはたった一人の自警団となって活躍するようになる。彼には本当に何の力もないので、その活躍と言ってもせいぜい最初の一撃を不意打ちで成功させるくらいしかない。後は危機に陥ったら警察を呼ぶとか。だけど、そんな彼が、いつの間にやらイメージだけ突出し、やがて本物のヒーローになっていく。これって実は『ウォッチメン』(2009)で描かれたヒーローの誕生と同じだった。「その後の話」を描いたのが『ウォッチメン』なら、ヒーローの誕生を描いたのが本作だといっても良いだろう。実は本作と『ウォッチメン』のヒーローになるモチベーションはほとんど同じなのだ。つまりこれは、ヒーローになる動機なんてものは誰しも似通ったものであり、それこそ「覚悟」があれば出来てしまうと言うこと。

 それと、本作の場合メディアの力が相当に強い。デイヴは確かに痛々しい奴で、やってることも痛々しいが、それを撮影され、YouTubeに投稿されることで一躍有名人にされてしまうし、ヒーローを引きずり落とそうとするのもやはり撮影を中継することによって。今やヒーローなんて簡単になれるものなのかもしれない。そう考えると、一般人にとっても今は怖い時代だとも思わされてしまう。

 キャラに関しては、文句なし。ビッグ・ダディ役のケイジにとってもこの役は大満足だっただろうし(皮肉なことにずっとなりたかったスーパーマンではなくバットマンの方だったが)、すごく生き生きしていた。でもなんといってもヒット・ガール役のクロエ・グレース・モレッツが見事なほどにはまってた。まあ何の躊躇もなしに悪人をばっさばっさ切り刻んだり、テレビでは流せない台詞にはちょっと引いたけど、それがすごくはまってるのも事実。主人公…はどうでもいいか。なんか巻き毛眼鏡ってのは、痛々しさを増すってことが分かったことくらいか?  色々考えてみたが、久々に“本当は褒めてはいけないのに褒めざるを得ない”作品に出会えたので、それで充分。

 最後に一つだけ。実は現在のハリウッドはこう言った残酷描写の多い作品はなかなか作れない状況にあるらしい。ところが現在アメリカでヒットを飛ばす作品は残酷描写が多い作品ばかり。そういった作品は資本を出すのはアメリカだが、製作元としてスペインとかメキシコ、あるいは日本と言った国が選ばれることが多い、本作は全編アメリカを舞台としている。それで「ハリウッドやるじゃん」と思ったら、製作会社はイギリスだった。なるほどイギリスもこう言うの大丈夫なんだ。これからイギリス製作の娯楽映画が増えるんじゃないか?と思えてきた。多分これからますます海外製作作品は増えてくるだろう。その意味では逆にハリウッドの低迷ぶりを感じさせてくれる作品でもあった。

(評価:★5)

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