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[コメント] 寝ても覚めても(2018/日)

現実を夢うつつで彷徨う朝子(唐田えりか)に“朝”はもう訪れたのだろうか。許されなくても側にいるだけでいい。それは究極の愛情表現なのだろうか。ただの自己中心的な感情の逃避ではないのか。何故なら愛とはもともと身勝手でエゴイスティックなものだから。
ぽんしゅう

麦(ばく)(東出昌大)という男は、まるで亡霊か幻のように描かれる。麦をひと目見た朝子の友人春代(伊藤沙莉)は、この男を悪霊のように危険だと宣言する。麦と一緒に暮らす母子家庭らしき友人の岡崎(渡辺大知)とその母(田中美佐子)は、この男を家に居ついた良性の妖怪のように容認する。

そして、麦に魅せられた朝子は一瞬にして現実から引き離され、夢の途中に置き去りにされる。朝子は終始、感情の抑揚に乏しく(唐田えりかの好演?あるいは無演?)それだけに行動の唐突さが、現実世界に居る者(映画内、そして私たち観客)の意表を突く。朝子をふたたび現実から引き離す麦に至ってはまるで(黒沢清の)ホラーの様相だ。

ハッピー・アワー』(05)のときにも感じたが濱口竜介という映画作家は、映画内の登場人物だけでなく観客の「現実(日常)」と「夢想(無意識)」の境界線を消してしまう術を心得た“越境の演出家”として、私は認識した。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (5 人)けにろん[*] ペペロンチーノ[*] サイモン64[*] セント[*] pinkmoon[*]

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