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[コメント] 一枚のハガキ(2011/日)

死んだ者たちの無念が、目に見えない重石となって残された者たちの心にのしかかる。死ななかった者たちの苦渋を、こんなに的確に描いた戦争映画が今まであっただろうか。かつて、生き続けることが難しかった時代を乗り超えて、今我々は生き続けているということ。
ぽんしゅう

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







松山(豊川悦司)の妻(川上麻衣子)は、生き続けるために世間から逃げ、逃げられた松山もまた途方に暮れて、生き続けるために祖国から逃げ出すことを考える。その松山の叔父(津川雅彦)も松山への親切にかこつけて生き続けるために、松山の財産の転売を企む。

一方、働き手を亡くした農家の老夫婦(柄本明倍賞美津子)は、自分たちが生き続けるために狡猾かつ卑屈に嫁の友子(大竹しのぶ)を引きとめ、嫁もまた生き続けるために理不尽な再婚を受け入れる。そして、生き続けるはずだった老夫婦は当然のごとく死に絶え、残された嫁は苦渋を生き続けた末に野たれ死ぬ道を選ぶ。

きっと戦後間もない日本のいたるところに、こんな「生き続けなければならない者たち」の苦渋が溢れていたに違いない。だから今、我々は幾多の苦渋を乗り越えて来た先人たちの思いの延長線を、生き続けているのだ。苦悩を生きた当事者である新藤兼人は、そう言っているのだ。そして、そんな新藤が映画を通して発する「生きろ」というメッセージだからこそ、並々ならぬ強さと重さを持って伝わってくるのだ。

急に舞台芝居のような重量を帯びる豊川と大竹の台詞のやりとり、あっけらかんとした海辺の町のリアルなロケーション、コミカルに展開される三角関係の顛末。本来なら不自然にうつるトーンの不統一が、なんとも言えない大らかさを醸し出し作品の味となっている。これも堂々98歳、新藤翁の年季がなせる技か。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (6 人)jollyjoker シーチキン[*] 赤い戦車[*] chokobo[*] けにろん[*] セント[*]

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