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[コメント] 怪物(2023/日)

「怪物」とはいつだってその時の社会が生み出す異形のもの。「怪物もの」を描くことはそれが生まれたその社会を描くことである。で、やはり是枝作品は社会論となる。
おーい粗茶

**ネタバレ注意**
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他人の脚本でも。でも坂元裕二のドラマもそういうところがあると思うので、まあ親戚関係みたいなものか。で、本作が描こうとする社会とは何だったのか? というと、戦後から民主主義をとりいれたはずなのに、実は共同体・組織至上主義から一歩も変わっていない「なんちゃって民主主義」という社会体制を今日まで持続し、個人主義をきちんと総括して身につけた経験を持たない集団が、訳も分からず自由の名のもとに社会を分断してしまった状況の中、新たに「多様性(多様な価値観)」というグローバルスタンダードに対応を余儀なくされ、闇雲に振り回されている有様を滑稽に描いているような気がした次第です(この滑稽という味わいに是枝にない坂本を感じるのですが)。そして家族と、家族に一番近い社会である学校というコミュニティの崩壊を描いている。そしてそれは家族や学校の崩壊を描きたいのではなく、それを知っていながら知らんぷりをしているわれらの社会の欺瞞をこそ追及していることは間違いないと思う。

共通言語の一神教がなく同調圧力で乗り切ってきた社会が、個人主義を形だけ採用した結果、家族の数だけ家族の論理があって、そんなものに対応できる学校などあるわけがないのに、それを真に受けて対応しようとしている日本の学校の姿を外国人はどう思っただろうか? 「うちの息子は豚の脳が入っている」なんていう価値観も一つの価値観として認め…なんて、無理くりを通そうとしているから、もうすっかり疲れきって「真実なんかどうでもいい」という死んだ目の人間になってその場をやり過ごそうとしたり、「学校は悪くない、悪いのはモンペアだ、シングルマザーだ」という責任転嫁になって、スーパーで走り回る子どもを教育者は(教育者だからこそか?)堂々と注意できないから、こっそり足蹴にするのである。カンヌ脚本賞をとったくらいだから、こういう日本の社会の「あるある」な姿に、ある程度は共感や理解をしてもらえたのだろうか?

孤立した社会の中で、自分が偶然耳にした軽口のような示唆や、たまたま目にした断片(いじめの現場、片方の靴や水筒の中の土砂、傷などの痕跡)を判断の基準にしてしまい、家族も学校も「子ども」たちの真の姿に最後まで近づくことができない。主人公の母も、教師も、標準以上に真剣に子どもたちに向き合おうとしている人間であるにも関わらず。土砂に埋もれた廃列車の窓を懸命に拭うも泥水がすぐそれを覆い隠してしまうもがきのあげく、ようやく覗けた車内に子どもたちの姿はすでにない、というシーンは象徴的だ。

本作の事件のこじれた根本の原因、「どうしても言えなかった秘密」とは、麦野くんの、星川くんに対する未分化な性の在り方にあっただけだったのではないだろうか。社会が「豚の脳」と「クエスチョニング」の蓋然性の違いをきちんと理解し、「君は何にも間違っていない、ちっとも異形のものではないよ」ということを示してやれば、こんな事件は起きなかったかもしれない。結局少年たちは自分たちで偶然訪れた通過儀礼を通過し、とりあえず「怪物」は生まれなかった、という結論でこの話は終わる。これを希望とみるか皮肉とみるか、それは社会の成熟度次第だろう。

不満があるのは、話を分かりやすくするためだろうが、その怪物を生み出した社会の無自覚代表をかなり特定の人にあてがっている点。歪んだ価値観=星川くんの父、噂の発信者=同僚の女教師、いじめの加害者=メガネと赤いシャツの児童、というふうに。これでは怪物を生み出す社会の途方に暮れるような奥底や広がりが感じられない。それに保利先生が親と面談の最中に飴を舐めるのは何だったんだろう? なんかそうしなければならない伏線ってあったっけ? あれじゃ親はキレるし誤解をするに決まっているよな。

もう一人の「坂本」、坂本龍一はどの程度本作の音楽に関わっていたのだろう。エンドロールを見る限り、既存曲の提供も多かったし、病状も重かった時期だったので彼の仕事かどうか本当はよくわからないのだが、一番のいい音楽の仕事だったのはトロンボーンとホルンによる和音だ。これ、後から種明かしされる前、校内に響いている時から、もう「怪物の咆哮」のように聴こえていたもの。怪物の咆哮は社会からはじかれた異形のものの怒りと悲しみの泣き声だ。それを2人の奏者による演奏で表現するよう指示した脚本と、それに応じた音楽家、場面に説得力を持たせた監督による最高の仕上がりだったと思う。

(評価:★4)

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