[コメント] 帰ってきたヒトラー(2015/独)
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物語に新味はない。クライマックスで囁かれる「悪魔は皆の望む者」という認識は、ありふれたものだろう(私がぱっと思いつくのはストーンズの「悪魔を憐れむ歌」だけれど、聖書まで遡れるだろう)。しかし本作は衝撃的だ。この、書物のうえではありふれた認識が現実に起こっていると的確に示したのだから。
その意味で、この作品で最も素晴らしいのは、ヒトラー参上を仕掛けたセミ・ドキュメンタリー部分に違いない。撮影素材は380時間分に上ったと云う。本編に採用されたのはほんのわずかな訳で、気になるのは庶民の反応に係る採用の比率だが、インタヴューを読む限り正確なもののようだ。これを信じるならば、結果は相当に酷い。
ヒトラーは女に好かれる、ヒトラーを前にすると右傾化した政治の意見を語り出す人が多い、拒絶する人もいるが予想より少ない。この比率こそ無惨なものだ。これが大戦の反省から始めて信頼を勝ち得たドイツの現実なのである。本作のパンフレットは優れもので、監督やオリヴァー・マスッチが庶民の反応に覚えた違和感が率直に語られている。この点本編だけではやや舌足らずな処があり、パンフと併せてはじめて主張が整っている映画ではある。
最初に登場する店員の意見はこうだった。選挙で不正が行われている、あんな政府が選ばれるはずがない、不正は東ドイツでも経験した、今もそうなのだろう。これは巧みな選択で、世界規模では相当多数の人々が、俺もそう思うと賛同しそうな意見ではないだろうか。ヒトラーを眼前にすると、人はこういうことを饒舌に語るのだ。
ヒトラーの造形もすごい。あの漫画みたいなキャラが実は「魅力的」な人物であると示して強烈。白眉はテレビ中継を乗っ取る件だろう。いささかもブレない主張のまあ見事なこと。隣国の悪口を連ねれば立派な政治的意見になるというパターンは時代などお構いなしにいつでも有効だと示して「成功」している。全く、こういう輩を見たら鼻をつままなくてはいけない。
登場するドイツ国家民主党という極右党の党首は俳優で、党本部の件は演出、だが副党首は本物とのこと。「最初はみんな笑っていた」を指摘できたのは認知症の老婆だったというアイロニーが苦い。
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