コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] インビクタス 負けざる者たち(2009/米)

確かに拍子抜けするほどひねりのない物語展開。イーストウッドが近作でみせたような偽悪的、露悪的なまでの強度の高い演出は嘘のように影をひそめている。しかし、それでもこれは観る者のエモーションを揺さぶる映画だ。
緑雨

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







「統合」の物語である。そのことを反映するかのように、カットは短く割られ、全体が成形される。饒舌な長回し、長台詞などまったく無縁。事実がこんなにも綺麗事で済んだわけではないことくらい、容易に想像できるが、そういった「分裂」「確執」の場面は深く立ち入られることはない。大統領の家族との確執はさらりと触れられるだけ。黒人リーダー誕生に苦虫を噛み潰していた白人層も、それ以上の暴挙に出るわけではない。人種混合のシークレットサービス・チームは仲違することなく次第に互いの距離を縮めていく。

そう、彼らシークレットサービスたちに語り部の役割を与えているにも関わらず、この映画にテロの場面など一箇所として出てきはしない。冒頭の「早朝の散歩」のシーンで、暴走気味のトラックが走る画をカットバックすることにより不穏さを演出した(結局はただの配達車)箇所と、決勝のエリスバーグ・スタジアム上空をジャンボジェットが低空飛行で通過した(結局は応援メッセージのデモンストレーション)箇所、緊張感が表現されたのはその2箇所くらいだ。劇映画としての使命を放棄したかのような思いきった捨象で、描かれるのはただ、モーガン・フリーマン演じるマンデラという人物の魅力、懐の深さ。

大統領官邸スタッフを集めてクビ切りを否定する件り、スプリングボックスのチームカラー変更を覆す演説の件り、マット・デイモンを茶話に誘いリーダー論を酌み交わす件り。そのような彼の好ましさが滲み出る場面がただ重ねられていく。一方で、「大統領は素晴らしい人物だ」などと台詞で語る人物などひとりも出てこない。大統領を見つめる表情、変わりゆく人々の行動で、国民が「統合」されていく過程が表現される。

そしてオールブラックスとの決勝戦。スプリングボックスのユニフォームを着、キャップを被ってグラウンドに現れるマンデラ。これは事実そのままなんだろうが、ここで大観衆が沸く映像には無条件に感情を高揚させられる。(ついでに、どうでもいい話だが、オールブラックスの「ハカ」。ラグビー・フットボールに縁の薄い米国人であるイーストウッドは、これをどうしても撮りたかったんだろうな、と想像。)そして試合が始まり、クライマックスを迎える。スタジアムの内で外で、白い肌と黒い肌が手を携えて熱狂する様子が、くどいくらいにカットバックで繰り返される。エモーションを喚起するカットバック。

(評価:★4)

投票

このコメントを気に入った人達 (7 人)りかちゅ[*] TM[*] ゑぎ[*] Keita 3819695[*] SOAP[*] けにろん[*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。