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DSCHさんのコメント: 点数順

★3タロットカード殺人事件(2006/英=米)イヤミな映画である。ヤンヤと喝采を受ける手品師アレンが何度も宣う「あなたたちは本当にいい観客だ、素晴らしい、愛してる、ウソやハッタリなんかじゃない」(客席の静止ショットのいやらしさ!)という台詞は、明らかに同じく観衆である私たちに向けられた批判的毒だ。ウソやハッタリに決まってる、「俺の屍を越えてゆけ」って叫んでんだろコノヤロ。その意味でこの作品は『人生万歳!』よりも暗い遺言めいてこの目に映る。 [review][投票(1)]
★3シティ・オブ・ゴッド(2002/ブラジル=仏=米)虚無という言葉すら存在しない真性無感情の次元においてこそ本物の暴力が存在する。銃が「異物」ではなく日常に平然と納まる風景。殺人が悲劇ではないという悲劇。明るく閉塞した空洞感に震撼。円環構造も脱出の不可能を示唆して効果的。そしてその世界を生きるコドモはやはりコドモでしかないという最大の悲劇。しかし安全圏から知った顔の解釈を口にすれば八方から撃たれる感のある「実話」を”過剰に”戯画化する姿勢に疑義。 [review][投票(1)]
★3ラストキング・オブ・スコットランド(2006/英)狂言廻しの記号的軽佻浮薄が過剰に不愉快だが、対するアミンの造形に筋と愛嬌すら通っているよう見えてくる所にミソがある。「怪物」を「嫉妬し恐れサッカーする過敏な一般人」という次元に引きずり下ろし鏡として対面させる。「環境」が作り出す、特殊ではない狂気。試みは基本好きだが『ヒトラー最期の12日間』の無常的境地に至らず、不謹慎との批判を恐れずに述べると、権力を巡るブラックコメディという印象に終始。[投票(1)]
★3ワイルドバンチ(1969/米)正義も悪もなく埃と血と脂に塗れてのたうち回る無意味が今日的意味を失わず、むしろ輝いていることは言うまでもない。また、蠍と蟻の咬み合いの開幕に漂う只ならぬ禍々しさ、馬の転倒のスロー描写には涎が出るが、モノクロ静止カットの挿入のタイミングがグダグダになっていくのが象徴するように、演出も意外なほど失速している。「破滅の美学」に感心しない私には演出の焦点の定まらない様相は致命的。 [review][投票(1)]
★3レッドクリフ PartI(2008/中国=香港=日=韓国=台湾)三國演義は魅力的な嘘臭さと単位の水増し感が肝なので、ワイヤーアクションなどのトンデモアクションとヒーロー乱舞は否定しない。しかし中華版スターウォーズとも呼ぶべき勧善懲悪と簡略に堕としたことで「正義」を相対化する今日的価値を喪失した。さらにエンタメの癖に曹魏陣営に魅力ゼロという不可解な凡ミスが重なる。さらに頭に来るのは・・・ [review][投票(1)]
★3イーストウィックの魔女たち(1987/米)人を苛めるジャック・ニコルソン もいいが、人に苛められるジャック・ニコルソン もキュート。と思える人じゃない限り観てはいけない。その点で『バットマン』と双璧をなす「ニコルソン映画」。 [review][投票(1)]
★31941(1979/米)この映画のジョン・ベルーシみたいにコーラを飲んでみたいけど、このペットボトル時代だと田舎の食堂にでも行かんと無理なんですよね・・・サムライ・デリ的なベルーシのセンスが映画全体の面白さにどうも直結していないのが残念。下らないがアメリカも日本もコケにしきっている辺り、愛せない映画ではないよ。ジョン・ベルーシの登場テーマはジョン・ウィリアムスのマイ・ベスト・スコア。[投票(1)]
★3エイリアンVS.プレデター(2004/米=独=カナダ=チェコ)第9地区』のエビと『マーズアタック!』の風船アタマの全面戦争だったらもっと面白いはずだぜ!・・・嘘! [review][投票(1)]
★3映画ドラえもん のび太の宝島(2018/日)今までも、今も、そしてこれからも乱立するであろう『ラピュタ』クローンの残骸の一つなのだが、割と好きなシーンが二つあり、故にこの点数。 [review][投票]
★3籠の中の乙女(2009/ギリシャ)無菌世界、というのは幻想で、見てくれの清潔さと裏腹に強い腐臭が鼻をつく。国家的集団の最小単位「家族」を通して「ブリーダー」の死、全体主義の自壊を解説する不条理劇。ランティモス版『家族ゲーム』という感じか。だが、寓話寄り過ぎで抽象度が高く、強度は低い。 [review][投票]
★3ライフ(2017/米)言うまでもなく「どん判」テンプレの劣化『エイリアン』だが、プロがプロなりに手を尽くした結果が一つずつ着実につまづいていく様に、この手の作品には珍しい無常感が醸されていく。そしてそれは人間不信の面相が板に着いたギレンホールさんの帰結とともに、爆発的に昇華する。しかも皮肉な笑いを伴って。狙ってるのか狙ってないのかわからないが、独特にちょっと面白い。[投票]
★3ロープ 戦場の生命線(2015/スペイン)このユーモア感覚は、戦場の不条理に伍する処方箋(恐怖や焦燥の裏返し)なのか。しかしその意図が徹底されているようには思えない。ロビンス絡みの件はいいが、デルトロとオルガの絡みは緩すぎ、メラニーは素朴過ぎる。そして私も観たいのはこれじゃないと終始考えたが、じゃあ何が観たいのかと自問して慄然とした。戦争は見世物、やはり自分は安全圏からの視姦者だ。この気付きが狙い?なわけはないか・・・[投票]
★3フリー・ファイヤー(2016/英=仏)何がどうしてこんな目に、という当惑と自嘲の中でダラダラ行われる否応無しの殺し合い(ヨタ起因)。しかも中々死ねない。コーエンタランティーノ両先生が撮れば文学もしくは超級エンタメのこの題材、しかしここでは何か微妙としか言いようがない。アブないユーモアが光るコプリーと生真面目なキリアンのバランスが絶妙なブラックコメディ感を醸すだけにに惜しい。スコセッシ製作総指揮の意図は正直謎。[投票]
★3ローン・サバイバー(2013/米)どうも意図の分からない撮り方で、アフガンで『フルメタル・ジャケット』をやるのかと思いきや諧謔もなく脳筋ヒロイズムに収斂するので当惑させられる。死者には敬意を払うべきとは思うが、「人体ってここまで耐えられるんか」という不謹慎な感想しか湧かない。そして、またもやのテイラー・キッチュである。ただし愛嬌はない。[投票]
★3カーズ クロスロード(2017/米)教えることで教わり、教わることで教える。「師弟」の物語としてそつがない。ただ、子ども向けに見せかけて大人の映画だった第1作に比して、これは大人向けに見せかけた失敗。『ミリオンダラー・ベイビー』にしてくれとまでは言わないが、苦い情感でビショビショにして欲しかった身からすると、かなり予定調和で物足りない。最低限の感動は保証されるが、ラストは「それはねえよ」と思った。総じて善意に溢れすぎ(←御門違い) [review][投票]
★3砂の惑星(1984/米)劇中の「スパイス」の熱に浮かされたようなリンチの鋭敏で変態的な五感を、強制的に共有させられる。この拷問的事態が面白いかと問われれば、やはり面白いと答える(五感が優れた映画はいい)。主題たる「スペースオペラ」は二の次感が甚だしく、あらゆるセクションでの怨嗟の声が聞こえるようだが、迷作の愛嬌が半端なく、忘れられない一本になっている。 [review][投票]
★3春夏秋冬そして春(2003/独=韓国)「開閉」する壁のない扉と門が聖域と俗界を結ぶ。「全ては閉じられているようで開かれている」という意図で撮られたものとは思うが、私のような俗物は「全ては開かれているようで閉じている」とも感じる。ナルシズムの冬。脱出願望で「閉じて開く」悟りより、終始開いて開きまくって膿み塗れた末の外界での悟り。それが滑稽と死に至るとしても、少なくとも映画にはそれを望みたい。冴々と清冽な山紫水明の切り取りは最高値。[投票]
★3ゴッドファーザーPARTIII(1990/米)前二作と比較すると、随分と白々明るい画である。ゴードン・ウィリスの撮影が演出・テーマと不可分であった前提を踏まえると、意図なくこういう撮り方をするとは思えない。今作では、「曝す」ということに重点が置かれていると思われる。登場人物達の老い、愚かさ、哀しみ。彼らは疲弊し、隠れ、隠蔽し、肯定しようとする。しかし、彼らを許さず、光を当てる者がいる。 [review][投票]
★3恐怖(2009/日)「見る」という行為は不確かさを孕む、というより、視覚を取り巻く環境や認識・願望の作為が多分に作用している、一歩進んで、第三者による「捏造」かも しれない、あるいは捏造ですらなくそもそも・・・?という電波的な観察を起点にした作劇。それらは「確かに見える」とはどういう状況なのかというテーマを突き詰めた結果、今見えると思い込んでいる世界をぼろぼろに破壊する視覚体験である、といえば格好はいいけど・・・ [review][投票]
★3鉄コン筋クリート(2006/日)「都市を跳ぶ(飛ぶ)」というモチーフの昇華は黒田硫黄の『大日本天狗党絵詞』における飛翔に遠く及ばないと思われ、「生の重力」に絡めて言うなら『空気人形』との比較においても負けてしまう。「跳ぶ」という能力を登場人物に付与するとき、「跳べなくなる」、もしくはその意思によって「跳ばなくなる」という画、その理由付けにドラマが生まれるのではと思うが、何というか、そういった一押しが足りないと思う。 [review][投票]