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[コメント] ブラッドシンプル(1985/米)

「血液」の映画。やっぱりコーエンの最高傑作はこれかもしれない。費用対効果とでも云うか、映画が獲得しえた面白さを制作環境の自由度で割った値がコーエン一であることは間違いない。M・エメット・ウォルシュの悪役としての造型も『ノーカントリー』のハビエル・バルデムのそれ以上に類を見ないものだ。
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私を含め次作『赤ちゃん泥棒』以降の作品からコーエンを知った観客は、まずこれがコーエンの最大の武器でもある「笑い」を徹底して封印した映画であることに驚くだろう。もちろん描き出されている状況は『ファーゴ』と同等以上に滑稽であると云ってもよいのだが、人を食ったものでありながら骨太な、そしてカラーが常識となって久しい時代にふさわしいノワール演出の炸裂ぶりは、「才能に恵まれた勉強家」といった枠には収まらない天才を感じさせる。上で述べたこととも重なるが、これはコーエンが最も天才的な演出を見せた映画だ。

観客にそこまで云わしめることになるシーンの筆頭は、やはり終盤のフランシス・マクドーマンドとウォルシュの対決シーンだろう。誰もが言及する「銃弾によって空いた壁の穴から光が差し込んでくる」イメージもむろん最高だが、それ以上に一枚の壁を隔てて隣り合った二つの部屋の「距離感」の演出こそが傑出している。「穴から光」のイメージはたとえば『ブラック・サンデー』などを参照項として挙げることもできるだろうが、この距離感演出に類例を見出すのは難しい。映画史上に既にあるべきにもかかわらず存在しなかった「窓/壁/部屋」演出だとさえ思う。洗面台の裏を見つめた無意味に意味深なウォルシュ主観のラストカットから“It's the Same Old Song”(!)の流れるエンドクレジットへ切り替わるタイミングも天才的にクール。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)DSCH[*] 赤い戦車[*] ナム太郎[*]

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