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[コメント] 瞳の奥の秘密(2009/スペイン=アルゼンチン)

良質な正統派娯楽映画。ここでいう正統派とは王道のハリウッド映画ということで、外国映画としての異国情緒を武器にすることなく、アメリカ映画の文脈で勝負しているともいえる。そのスタイルがどうであれ巧いことは確かだ。
shiono

**ネタバレ注意**
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とにかく役者が皆素晴らしい。現在と過去を行き来する構成の中で老若を演じわけ、そこに個人史と事件の謎、アルゼンチンの現代史が絡む時間の遠近をものの見事に肉付けしている。イタリア語と並び映画的な音の美しさを持つスペイン語の台詞も大きな魅力だ。

物語の機軸をなす男女の愛はリカルド・ダリンとソレダ・ビジャミルに色濃く、犯罪被害者であるパブロ・ラゴの執念は一種の奇形として描かれているが、ラストのネタばらしとなる一連のシークェンスは演出の力に拠るところが大きい。序盤でもフラッシュバックを多用したり、あるいは裁判所での真横からの殴り合いシーン(これは『オールド・ボーイ』を想起させた)や、サッカースタジアムでの(擬似的)超ロングテイク、シドニー・ルメットのようなワイドレンズパンフォーカスといった撮影技法も悠々と使いこなしている。その上で、的確な演技演出による緊迫感の醸成(例えばハビエル・ゴディーノの性的攻撃性を挑発するビジャミルの詰問場面)もまた極めて高度なものだ。

ただ、脚本そのままの堅さを感じるところもあって、例えば"A"の活字が壊れていて打てないタイプライターと、ダリンが悪夢にうなされ走り書きをする"temo"("I fear")、ここに"a"を加えると"te amo"(I love you)というのは作り過ぎと感じた(ちなみにI love youに相当する言い回しとしてはもうひとつte quieroというものがあるそうですが、この違いというのは微妙かつ繊細であるようです)。

また、前半でダリンと相方ギレルモ・フランチェラの捜査方法がコミカルに描かれているが、これは当時のアルゼンチン政府による圧制を知る必要がありそうだ。住居不法侵入と窃盗だから違法捜査だが、それをせざるを得ない当時の政治状況だったということなのだろう。前半のパワーポリティクスに関しては、司法官僚の権力闘争というだけでは説明できない政治情勢があるようだ。

もうひとつ、フランチェラがダリン邸で射殺されるくだり、これは『アンタッチャブル』を連想させたが、ここは観客の好意的な解釈頼みのところがある。あの事件の黒幕は、以前の同僚だったあの男であり、恐らく殺し屋を雇ったのだろうと推察されるが、ここでフランチェラが自らをダリンであるかのように装い殉職するという一連のシークェンスは、いささかお涙頂戴のエピソードのように見える。この身代わりのカラクリをすぐに察しないダリンも鈍い。おまけにこの強盗事件の後処理の描写もない。

とはいえ、序盤から明らかなように、ダリンは25年前の事件に執着しているように見えて、その実ビジャミルへの果たせぬ愛が心の奥底にあったのだ、というこの男のロマンの純粋さにはほろりとくる。そのことを気づかせてくれたのは、終身刑ハビエル・ゴディーノの私的看守となったパブロ・ラゴの底なしの狂気の哀しみなのだ。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (5 人)まー 赤い戦車[*] 煽尼采 3819695[*] ぽんしゅう[*]

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