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[コメント] 借りぐらしのアリエッティ(2010/日)

小人の質量と物語の節度、宮さんの背中。
林田乃丞

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 網戸にカラスが突き刺さって、飛ばされそうになったアリエッティを少年がそっと救い出したシーンの演出が素晴らしかった。大きな人間の手と小さな小人の身体のコントラストや、自然界における無遠慮で無慈悲な力の恐怖表現は言うまでもなく、ほんの少し力を入れ過ぎてしまえば小人を握り潰してしまうという状況での、少年の手の力の入り具合、そして確かに感じられるアリエッティの質量の描写が、とことん緻密に行われていたことに感動してしまった。アニメーションは物理に忠実であればあるほど、そこにリアリティが現出する。キャラクターに魂が吹き込まれるということだ。こうした演出の精巧さ、緻密さは、やはり世界中を探してもジブリにしかないものだと思う。

 優れたアクションは、それだけで人の心を揺り動かす力を持っている。そして、揺り動かされた人の心には、感情が流れ込む隙間が生まれる。『ポニョ』の超絶アクションは私を存分に驚かせはしたが、その驚きは得体の知れない寒気とともに私の記憶に刻まれている。だが、今作ではこうした印象的なアクションシーンが、少年がアリエッティを守る場面、つまりは「人のやさしさ」という感情に連動して行われていたことに、私はジブリの明日を見るんだ。

 端的にいって、今作でジブリは節度を取り戻したのだと感じた。それは97年の『もののけ姫』(もしかしたら95年の『耳をすませば』)以降、10年以上にわたって、宮崎駿の名がクレジットされた作品から失われていたものだ。このころから宮さんは自分のなかの欲求、憧憬、あるいは脈動そのものを作品に解放するようになった。あるいは、それを隠して物語の体を構築することを放棄するようになった。思えば、10年以上かけて、宮さんは一枚づつ衣服を脱ぎ捨てていたのかもしれない。そして『ポニョ』でついに生まれたままの姿に戻ったのかもしれない。

 そして気づいたんだ。このままじゃ風邪を引いちゃうし、なにより、若い奴が見てるってことに。そして、服を着て、脚本を書いたんだ。

 米林監督の演出は、まさしく宮さんの後継者の名にふさわしいものだったと思う。縦、横、斜め、自由自在に動き回るキャラとカメラの気持ちよさは、ジブリの遺伝子そのものだ。しかもまだ37歳だそうだ。私は、私のなかで失いかけたジブリをこの映画で取り戻したような気分でいる。宮さんだって鈴木のおっさんだって、もう何年も働けないんだ。

 * * *

 宮さんはきっと私たちに背を向けて、米林監督のためだけにこのシナリオを書いたと思う。本当に叫びたいことをほとんどひた隠しにして、せっせと書いたんだと思う。むかしみたいにドライブしなくなったストーリーを自覚しながら、苦悶していたかもしれないし、退屈していたかもしれないけれど、とにかく書いたんだと思う。

 たった1シーンだけ。

 少年がアリエッティに、「お前たちは絶滅種なんだよ」と言い放つシーンがあった。

 振り返った宮さんの、股間のチャックが開いて真っ白いブリーフがのぞいていた。

(評価:★4)

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