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[コメント] ディア・ドクター(2009/日)

この映画は真実と虚構の狭間、もしくは境界をモチーフにしたものだなあと思う。テーマとしては特に新鮮さを感じないが、映画のタッチがとにかく本格的だ。
セント

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







映画の文法を現代においてここまでまともに追求し、しかもそれは力強い映像のうねりを伴っている。スゴイです。この骨太の映画タッチで筆を走らせば、使い古されたテーマも見事生き返り、秀作として輝くこととなる。

さて、真実とは何か。僕らの周囲には真実だけが存在するのか。現実にある日常はすべて真実で占められているのか。僕たちの会話はすべて真実なのか。真実が人々に幸せを運んでくれるのか。逆に、虚構の世界にどっぷり浸かってみるのも人生としては一つの選択ではないのか。虚構が虚構でなくなってくるその真実と虚構の境界に住んでいる僕たちは、実はうまく虚構と真実の世界を徘徊しているのではないか。

まあ、この映画を見て、一つ一つのエピソードから何がホンモノで、何がニセモノなのか、そんなことは僕たちの人生では実はどうでもいいことであり、ニセモノでも心地よい生活を送ることが出来れば人間はそっちを選ぶんだろうなあと思う。

恐らく村人のほとんどが偽医者ではないか、と気づくことが多かったはずの環境で、歳月を過ごしていたということは、嘘の環境が彼らにとって都合の良いものであったのであり、そういう意味で刑事が村人に「あんたたちが伊野を本物に仕立て上げたんじゃないのか」と言わせたのである。

それにしても、鶴瓶の眼鏡の奥の、洞窟のような黒い眼差しは不気味で怖い。軽妙な語り口だけれど十分現代をホラーしている。絶品の演技だ。

また、男の背中という言葉もあるが、流し台で自分の死期を悟り「一緒にだましてくれませんか」と鶴瓶に告白する八千草薫の背中の演技は十分心情を吐露し秀逸。背中が揺れていないのに心の揺れと決意のほどがそのか細い背中から痛いほどストレートに伝わってくる。凄みのある演技だ。

ラストの二人の病室での邂逅は僕は虚構だと思う。でも虚構だからこそ真実より温かみがあり、僕たちが生きていく礎になるものなのである。西川美和はすごい映画作家である。敬意を表します。

(評価:★5)

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