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[コメント] 血槍富士(1955/日)

リメイクゆえの「俺の色」を出したかったからなのか、大衆演劇に割り込むリアリズムが不協和音を奏でる。新しかったのか、古かったのか、今となってはわからない。
おーい粗茶

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







全体的には長閑な道中もので、旅の仲間たちの各々のエピソードのからめ方が上手く、なんとも楽しく話が進行する。私などは、本作はこっちの雰囲気で好き。

監督の意図はよくわからないが、クライマックスの立ちまわりはリアリズムを強調した妙に生っぽい仕上がりになっていて、よくも悪くもこの作品の特徴となっている。槍から逃れてきた侍が、修羅場を見物している野次馬たちに追い返されるところなんか、「えいえい!」とホームコメディみたいな殴られかたをしているのに、殺陣だけがあきらかにどぎつい。が、これが無いとしまりのない印象の薄い作品になってしまうように思うし、タイトルもこれがあってこそだ。もともと大衆演劇っぽい題材に、監督がそれにそぐわない殺陣を力んで嵌めこんでしまったような、ちぐはぐな感じになってしまっているのだが、よくも悪くも(しつこいか)長閑さと凄惨さの落差が最大の見所という作品、という気がする。

ただそれをミスマッチとだけで片付けられない点がある。注目は若殿の酒乱癖だ。普段はふつうの武士よりも家来思いで慈悲にあふれた優しい人柄だけに、酔って豹変するところはただならぬ緊張感が漂う。「酒乱」というのは、結構笑える様態としてとらえがちだが、侍は刃物をもっているから怖い。「町人そこへ直れ!」とやるときのこれは、この作品の長閑な空気を一瞬にして翳らす不穏な空気を撒き散らして凄いのだが、これがあるからこそクライマックスの凄惨さにうまく橋渡しができているのだ(最後の切りあいの時は、飲んではいるが酒に酔っていない、というのが巧妙。安心して仇討場面に燃えられる)。「長閑な日常に突如割り込む凄惨さ」は、実はミスマッチでもなんでもなく江戸時代の人にはこれこそリアリズムだったのかも知れないなあ…と思ってみたりもした。今となってはわからないけど。

(評価:★4)

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