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[コメント] ノマドランド(2020/米)

旅の理由。
おーい粗茶

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







主人公のファーンは不動産投資で財をなした姉の夫の家で一晩も過ごせなかった。自分の車に戻って一晩を明かすと、みなが外出していなくなった家に入り、室内を眺め家具に触れて思った、ここは自分の「ホーム」ではない。それはそうだろう、ファーンと夫の住んでいた家と町とそこでの生活を奪ったリーマンショックは、誰もがハウスを手に入れられるという、そういう夢につけこんだ新しいタイプの住宅ローン「サブプライム」という事実上の詐欺商品である不動産投機が元凶だったからだ。それが「まわりまわって」高齢者たちから「ホーム」を奪っていったのだ。

ファーンは自分の意志でノマドという生き方を選んでいるが、望んで始めた生き方ではない。彼女が行く先々で出会うノマドの人々も、事情は様々だがみな旅の理由は同じことのように思った。それは何か。「旅」の対義語が「居住」だとしたら、彼らは自分の「居住する場所=ホーム」はどこにあるべきなのか、それを探し求めることだったように思うのだ。ある人はミュージシャンとして成功した息子との和解だったし、ある人は夥しいツバメが巣を作っているどこかの崖のふもとだったし、ある人は自死した息子のいなくなった世界で、なお自分の居場所などあるべきなのかを悩んだ末、共済という「ホーム」を見つけ出したのだ。

ファーンは様々な人々との出会いを通じて、ホームは自分の中にこそある、という結論に回帰し、かつてエンパイアと呼ばれた街に戻り、ガレージの家財を処分し、自分のホームを移行した。彼女の新しい旅の始まりは決意に満ちた力強いものがあるが、その心の奥にあったのはきっと目の前に広がる荒野の風景のような圧倒的な無常観だったように私には感じた。希望ではなく悲観でもない無常。旅の本質とは即ちあてどのない行為そのものなのだ、といわんばかりに。

なぜノマドの人たちはそういう生き方を選んでいるのか、選ばざるを得なかったのか、それがこの作品のテーマなのだと思うが、それを説明や企図を排し、ひたすら事実を追体験するかのようにアプローチし、絵の力で表現することに本作は成功したと思う。訪れる場所場所はまるで未知の惑星のような光景で、ファーンは必ずそこで大気の組成を感じるかのように佇んでいたし、バンの車内は最低限の居住スペースしかない、まさに宇宙を漂う小型の宇宙船のようだった。ベルトコンベアーのひしめく巨大な倉庫や工場の建物や重機、深夜の人のいないダイナーという絵の描き方が、彼女たちの日常は決してオーディナリー(平凡な)ではないことを説得させられるのだった。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (4 人)けにろん[*] ペンクロフ[*] jollyjoker[*] ぽんしゅう[*]

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