[コメント] ベッカムに恋して(2002/英=独)
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たとえば、舞台はたいていイギリスの地方都市、登場人物は不況に苦しむ労働者階級ばかり、主人公の少年がちょっと気色の変わった趣味に入れ込んでしまい、サッカーやボクシングなど「男らしい」スポーツをやれと強要する頑固で厳格で家父長制的価値観バリバリな父親と衝突しながら、さまざまな確執を乗り越えて成長してゆき、ふたたび家族の絆を取り戻す、といった筋書きのUK映画がよくあるでしょう。『リトル・ダンサー』しかり『天使にさよなら』しかり、父と息子の役割は入れ替わるが『フル・モンティ』しかり。イギリスには、ある程度定型化されたプロットで量産されるこの手のプログラムピクチャーに一定のニーズがあるんだろうか。
そしてこの映画もしかり、同様のフレームを用いた物語構成になっている。ただし登場人物たちのジェンダーが入れ替えられており、デヴィッド・ベッカムに憧れる主人公の少女が入れ込む趣味は「女だてら」にサッカー、衝突する相手は、娘に「女らしさ」を求める因習的道徳観バリバリな母親。貧困に苦しむ労働者(階級的マイノリティ)ではなくインド人(人種的マイノリティ)に焦点をあて、従来の(?)量産型UK映画のスタイルを換骨奪胎。旧弊的な人種的偏見や因習とぶつかりながら自由な生き方を模索する少女の成長物語として、なかなかうまくまとまっていると感じた。
さて、ロスタイムぎりぎりのフリーキック。主人公とゴールネットとの間に壁となって立ちはだかる相手選手たちの姿が、一瞬、家族の姿に重ね合わされる。フリーキックを阻止せんとする選手の壁と、自由な人生を阻む家族や因習という障壁とが重ね合わされ、しかしベッカムよろしく蹴り上げたボールは見事な弧を描き、しなやかに壁を乗り越えてゴールに吸い込まれてゆく。映画の原題は"Bend It Like Beckham"、直訳すれば「ベッカムのように曲げろ」。障壁を「つきやぶる」のではなく「乗り越える」しなやかさ、ベッカムに憧れる「女だてら」のサッカー少女に向けたメッセージとして、テーマ的にもこれは見事にジャストだった。それだけに、意図的な誤訳でベッカムを客寄せパンダ扱いしている邦題は、やはりマイナスとしか思えない。「ベッカム」のネームバリューだけで寄ってくるほど日本の観客もバカじゃありませんぜ、叶井さん。
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[20030325] 千代田区公会堂試写
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