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[コメント] HERO(2002/中国=香港)

♪回る〜回る〜よ。時代(劇)〜は回る〜
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 赤:情熱。悋気を主題とする色。

 青:静謐。決意を主題とする色。

 白:純潔。覚悟を主題とする色。

 翠:自然。慈愛を主題とする色。

 そして。  黒:何ものにも染まることなく、自己のみを主張する色。

 無色:その場その場で相手の色に変化し、相手の心を表す鏡の色。

 …勝手に括ってみたが、本作は本当に色々な色に彩られている。特に中盤無名(リー)の述懐が事実と食い違ってくる辺りから色というのは非常に重要なモティーフとして取られるようになる。テーマとする色によって物語は変化し、決してこの物語は一方向のみに流れているわけではない。この辺りは黒澤明の『羅生門』(1950)にも通じていて、とても好み。そして色毎に殺陣の様相も変わってくるのでメリハリが利いていた。なにより戦いのシーンがとても美しい。

 本作は予告編を観て鑑賞を即決した。ハリウッドでも活躍する香港映画界を代表する面々のみならず、画面が非常に美しかったから。観なきゃ損だとも思っていたし、事実、それは間違いなく、とても見栄えのする映画だった。

 ただ、本作を評価するのに単に画面の美しさだけを言うのは片手落ちと言うべきだろう。物語も又多彩に富み、一筋縄にはいかないものになっている。実際、秦王の刺客三人をあっと言う間に殺してしまったので、時間配分が頭のなかでごっちゃになってしまい、「これじゃ続けようが無いじゃないか。一体これからどういう物語になってしまうんだ?」と言う疑問がわき上がった。この時には既に監督の術中に入ってしまってたわけだ。そこからが本作の主題だったんだね。後は怒濤のストーリー展開から目が離せなくなってしまった。確かにこれは上手い。ハリウッドのどこぞのSFXとワイヤー・アクションに頼ってるだけの某映画に勉強して欲しいと思えるほどだ(尚、その某映画のSFXスタッフが本作のSFXを製作してるんだが(笑))。

 派手な演出ばかりが取りざたされる本作ながら、人間ドラマの方はかなりしっとりした演出がなされていて、これも結構好み。特にダオミン演じる秦王の哀しみは良いよ。王として強大な権力を持ちつつも、暗殺者の事を考えるから誰も近づけることが出来ないし、当然誰かと友情を作る事など出来ない。王であると言うことはそのまま孤独に耐えねばならない義務を負っていた。そんな彼が残剣を唯一の理解者として、そしてその意志を継いだ無名を友として認めたかったのだろう。そしてラスト、無名を殺さねばならない状況にあって、躊躇するシーン。彼は分かっていたはず。自分を理解してくれる唯一の人間(察しがいい人だから、残剣がもういないことを悟ったんだろう)を自分の命令で殺さねばならないとき。あの瞬間に彼は自分にはもう語らうべき友が一人も残されていないことを知った。この瞬間、彼は覇王として立つことを決意する…この映画の時点で彼が皇帝ではなく、秦王であった点がポイントなんだな。

 ただし、ポジティヴな面はここまで。私にとっては本映画ではネガティヴな面もいくつか感じてしまった。私は功夫映画が好きで、特に一対一の戦いが延々と続くシーンが好きだが、その醍醐味とは生身の肉体同士がぶつかり合い、徐々に双方の肉がへしゃげ、血を流しながら戦い続けるってのが何と言っても好き(ブルース=リーや初期のジャッキー=チェン作品なんかがまさにそれ)。しかるに、本作は確かに基本的に一対一の決闘を主眼としているが、ワイヤー・アクションの多用により、そこには肉体を使ってのどつき合いの要素は全くない。二人で舞を舞ってるようなものになってしまってる。そう言う意味で美しいは美しいんだけど、そこにリアリティは感じられないし、命を燃やして戦ってますってな演出は乏しい。どこか現実から遊離した夢の世界の話で、最初から最後まで無名の語り紡ぐ夢の世界が続いてる印象を受けた。あれだけ暗殺を恐れた秦王が無防備すぎるのも夢の中のような印象を与える。

 ちなみにこの時代は中国史における戦国時代の末期。春秋時代から戦国時代にかけて興った強国は次々と力を無くしていったが、その中で秦を一気に最強国家に育て上げたのがこの秦王であり、彼が中国での初の皇帝。秦の始皇帝となる。この人物は色々な伝説に事欠かないが(刃向かった3千人の人間を串刺しにしたとか、不老不死を求め、徐福という人物を日本に送ったとも言われている)、何より暗殺を極端に恐れ、身の回りを万全の守りに保とうとしたため、始皇帝暗殺にまつわるエピソードに事欠かない(刺客が隠し持った刀で斬りかかったところ、周り中の人間が何も武器を持ってなかったため、皆が取り押さえることが出来ず、始皇帝との鬼ごっこになってしまったと言う微笑ましいエピソードもある)。そのエピソードの一つと言うことで。

 なんにせよ僅か1時間半の上映時間がこんなに長く感じるなんて久々の経験。いいもの観させてもらったよ。

(評価:★4)

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