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[コメント] 戦場のピアニスト(2002/英=独=仏=ポーランド)

60年もの間、「被害者」としての地位を確立していたポーランドとイスラエル両国。それが崩れ去っていこうとしている今、監督が必死で記録しようとしたものと必死で守ろうとしたもの。
sawa:38

悲劇の民=ユダヤ人、今更ながらに語ることもない。

だが、このユダヤ人の国イスラエルはアラブの民=パレスチナ人を絶滅すべく今日もまた殺戮を繰り返している。60年前の自分たちと同じく「生存権」を訴えるパレスチナに対し、数々の国連決議を無視し攻撃を仕掛けている。しかし、イラクとは違いアメリカという最大の友好国が庇護者になっているが故、自らが「加害者」として裁かれる心配はいらない。

作中のゲットーで蜂起するユダヤ人たちの姿が記録されているが、彼等の絶望的な蜂起は、現在ではパレスチナ人の自爆テロという逆の立場で味わうことになった。

悲劇の分断国家=ポーランド

常に欧州の列強の草刈場として幾度も国土を分断され続け、1939年には独ソの二大国に分割・占領された民族。そして戦後のポーランドはまたもソ連の衛星国としての屈辱の歴史を持っている。

ドイツ軍によるユダヤ人狩りが始まった1940年には、ソ連軍の占領地域の「カティンの森」で4,000人のポーランド軍将校がソ連軍に虐殺される等、悲劇の国家の位置にいた。

・・・・・はずだった。だが近年、当時の機密資料が次々に公開されるに及び、「被害者」であったはずのポーランド人によるユダヤ人の迫害・虐殺への積極的関与が浮き彫りにされ、ポーランド人のアイデンティティーが揺らいでいる。

ロマン・ポランスキーはユダヤ系ポーランド人である。本作の主人公と同様の体験をし、肉親を収容所で亡くしながらも生き延びてきた「語り部」である。

本作の主人公に映画的なカタルシスは存在しない。何人かのコメンテーターが指摘済みのように、監督はこの凡庸な男の視線を借りて自らが体験してきた「事実」を記録しなければならない責務があったのだろう。彼の出自を知れば、何故もっと早い時期にホロコーストを題材に作品を撮らなかったのかが不思議な程である。

では何故今なのか?遅きに失した感はあるが、上記のように彼のふたつの祖国は今、かつての「被害者」から「加害者」へとアイデンティティーの喪失が問題になっている事も関係してはいまいか?

また、妻のシャロン・テートが全身を切り刻まれて天井から吊るされたアメリカという第三の祖国もまたアフガンやイラクの地で戦争を遂行し、イラクの地においてはポーランドという「名も無き」国家が突如として米英に次ぐ第三番目の地位を占めてしまった当惑も見逃せない。

彼は単に「記録」しただけではない。何を守ろうとして、何を(現代の私たちに)訴えようとしたのだろうか?

ユダヤ系・ポーランド人=このキーワードが現在の新聞の一面記事と妙に重なり合うのは事実である。

(評価:★4)

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