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[コメント] 戦場のピアニスト(2002/英=独=仏=ポーランド)

何が尊く何がムダか、それを決める価値観の転倒。価値とはすべて人間の仕業でしかない。
おーい粗茶

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







音楽という、ピアノという、それを愛する精神。ナチスドイツという組織、その組織に属していることで、子どもであろうが病人であろうが、物を壊すように当たり前に人殺しができる精神。民族というくくりだって、純然たる生まれもって持っている違いよりは、後学によって獲得した精神の所業だろう。自分がどっちにいるのか、どっちにいたのか、極端なことをいえばどっちだっていいことに「価値観」を抱く。それだけのことで、この有様(この映画が描いていた戦時下のもろもろ)である。

人間の文化とか文明とか、人間の考え出したことってなんてくだらない、ムダなことかと、無抵抗な人間を所属組織の職業意識で殺していくドイツ兵をみて、自分の所属している会社の目標(顧客満足だの、価値の創造だの、更なる成長だの)は、次に到来する時代にあってはなんの意味もないんじゃないか、そんな価値観とかいう精神の仕業のために、人と人が「良かれと思って」殺し合う、自然や宇宙といった立場から見れば、生き物としての最大の茶番を、何度も繰り返すのなら、人間の精神の仕業である「価値観」なんて心底くだらないものではないか、などと、新型コロナで人間の作品たる人間世界がぶち壊されていく今そう思ったりした。

主人公は自分のピアノ弾きという能力をどう思って逃げていたか、死ぬか生きるか、こんな状況下にあってはクソ役にたたない能力よりも、もっと生きるための力が欲しかった、と思ったろうか。彼を救ったドイツ将校は、ロシア軍の侵攻を控えて、己の所属先が揺らぐ、すなわち己の職業意識に対する疑念がわきはじめていたのかも知れない。ふと気まぐれにピアニストを救ってやろうという気持ちになり、おそらくはちょっとした座興のつもりでピアノを弾かせてみる。演奏は凄かった。あの場面私には、戦争にあけくれ国家の保全と拡大という将校の価値観が、人間の優雅な遊びという別の価値観でひっくり返された、ムダと思っていたことがムダと思わされていたのであり、今まで抱いていた価値観こそがムダだったのかも知れない…と気づいてしまったかのように見えた。

それこそが一見ムダなものなのに、どういうわけか人間が生み出し、それを欲してしまう 芸術というものの力なのだ、芸術には何か人間の知りたい、無意識のうちに知ろうとしている何か(たとえば人間の精神の生誕の謎とか)があるのだ、という結論に達する人なら、その人は芸術を人間のムダな所業とは思っていない人だろう。原作を読んでないから当てずっぽうだが、原作者が言いたかったことは本当はそういうことだったのかも知れなく、監督はあまたの映画監督よりも十分に芸術的な力があるのに、そこまで芸術に信頼を寄せていないニヒリズムを感じた。

(評価:★4)

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