[コメント] 軍旗はためく下に(1972/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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日米合作の超大作『トラ!トラ!トラ!』の監督を黒沢がご機嫌を損ねて降板した後、深作欣二がその任に就いた。飄々と衆目の中でそれをこなしたという。まるで前頭が横綱の代行をするかのような「お手並み拝見」の空気があったという。
何故そんな仕事を請けたのかとの問いの答えが本作だった。上記で得た破格のギャラを本作の映画化権取得と制作に充てたという。半ば自主制作に近い形での作品である。所属する東映ではなく、東宝配給作品である。
『仁義なき戦い』で巨匠の仲間入りを果たす以前の作品である。そうまでして撮りたかった作品だ。つまり深作欣二の本気印というしかない。
丹波哲郎の叫ぶ最後の言葉「天皇陛下っ!・・」は鮮烈である。映画的にも当時の社会的にもだ。当然ながら後に続く言葉は「万歳!」でない事は三谷昇の台詞からも明らかであり、それは抗議調だったとの事からおそらく「何故あなたは!・・・」であったり、「馬鹿野郎!」といった罵声だったのかも知れない。
その言葉は当時も現在もタブーとされている。だが、戦後生き残った日本人にとって、その言葉は誰しもがそれぞれの思いはあるにせよ「消化不良」になっている事は否めない。
作中、若くして死んで逝った者たちに対しての台詞がある。「彼等の死が現在の平和な日々の礎になった。」という意の台詞である。戦争映画では定番となっている陳腐な台詞である。しかし本作では、その言葉の持つ意味合いが(次元が)違ってくる。
その言葉は特攻隊を描いた作品(特に東映作品が典型というところがミソ)では「英霊」という言葉で表され、我々呑気に暮らしている日本人に時折カウンターパンチを浴びせる効果を与えてくれる。確かに死を覚悟して飛び立っていった彼等は「英霊」という最大級の賛辞を込めた呼称が相応しいだろう。
しかし本作はアノ戦争で最大の悲劇といわれるニューギニア戦線を描き、作中の台詞にもあるように、敵の銃弾で戦死した者・飢えて死んだ者・マラリヤで死んだ者・自決した者・友軍に処刑された者、そして戦友に餌として食われていった者。アノ戦線で死んだ死者たちを区別することなど出来ないと言っている。
さすがにこういった死者たちを「英霊」という美辞で表すには、いささか言葉の重みが不足する。
だが、冷酷な言い方をあえてすれば、やはり彼等の「死」の積み重ねがあったればこそ現在の平和日本がある。歴史の結果論に過ぎないが、日本が負けて無理やり民主化されてなおかつアメリカに国防を委ねてこれたからこそ現在があると思う。
つまり映画のラストの死者300万人という数字が、現代日本に生まれ変わる為には必要な「代償」だったのならば、この作品で描かれる死者たちは300万というカウンターゲージに達する為に必要な駒であったのだろう。
深作は問うている。飢えて死んでいった事が・仲間に殺されていった事が・仲間に食われていった事が本当に国家の礎になったのかと。
「英霊」という美辞麗句には到底収まりきらないであろう本作で描かれる死者(駒)を一まとめにして弔う場が千鳥が淵である。そこに毎年、天皇陛下が献花する。深作は天皇に問いたかったのだろう。「あなたは、これをどう思われるのか!」と。
いや、もしかすると「馬鹿野郎!」だったのかも知れない。「あなたは何故、献花される側にいないのか!」と・・・・・・(まったくタブーである)
後年、本作が「反戦映画の傑作」と評価される事を深作本人は大変嫌ったらしいというエピソードがある。へそ曲がりの深作らしいエピソードだが、日本人の天皇陛下に対する「消化不良のタブー」に激しく切り込んだつもりが、あっさりと「反戦映画」と評された事に対して不愉快だったんじゃないだろうか。
とにもかくにも凄い作品であった。反骨の映画人深作欣二が本気で本音で撮った作品である事は間違いようがない。
PS.『ゆきゆきて神軍』は本作の悪辣なパロディにしか過ぎない。不遜である。
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