[コメント] 結婚哲学(1924/米)
映画を見終った人むけのレビューです。
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冒頭のアドルフ・マンジュー、マリー・プレヴォー夫妻の朝の描写から、完璧なイメージと運動の連鎖を表現するが、靴下や服や鏡といった小道具の行ったり来たりは矢張りとても可愛らしい。こういった小道具や、お得意のドアや窓の演出を絡めて登場人物のすれ違い、行き違い、思い違いがラストまで無数に繰り出される。極めつけは矢張りラスト近く、フロレンス・ヴィドアとモンテ・ブルーが仲直りするシーンだが、このシーンのモンテ・ブルーの無邪気に笑い転げる様が本作の可愛らしさの頂点でもある。その他唸るような上手い演出は無数にある。
#備忘で感心した演出の例を記述しておきます。
・マリー・プレヴォーとその親友フロレンス・ヴィドアの会話を二人の正面バストショットのディゾルブで繋ぐという時間の表現。
・親友の夫がモンテ・ブルーだったことが分ったプレヴォーの感情をピアノの鍵盤に手を置くカットで表現する。
・医院の診療室のブルーとプレヴォー、待合室のヴィドアとクレイトン・ヘイルを演出するシーン。ドアを機能させる例としてはこゝが顕著。花瓶が床に落ちるオフの効果音(ってサイレントなのに)の演出もいい。
・パーティのシーンの座席札をめぐる演出。庭のベンチでキスをするプルーとプレヴォー。脱ぎ棄てられた上着の演出。
・ヴィドアがヘイルを夫と間違えて窓から招じ入れるシーンは演劇的過ぎるか。
・プレヴォーのホテルの部屋を舞台にプレヴォー、ヴィドア、ブルーを出し入れする。エレベーターとそのドアの演出。
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