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渚にまつわるエトセトラ主義主張ばかりが得てして取り上げられるが大島渚は技法にこだわる監督でもある。107分を43ショットで撮った『日本の夜と霧』の対極に99分を1500(約)ショットで撮った『白昼の通り魔』があったりする。そんながチョイスした撮影監督たちとは…。A:宮島義勇in『愛の亡霊』 B:成島東一郎in『戦場のメリークリスマス』 C:ラウール・クタールin『マックス、モン・アムール』 D:栗田豊通in『御法度けにろん
若尾文子〜美は乱調にあり1990年、フランスの「ナント映画際」で「若尾特集」が催された時、ゲストとして招かれた若尾文子は、当地の人々の余りの歓迎振りに「ただ呆然とした」という。なぜなら、日本での彼女は(一部の評論家&マニアを除いて)ほとんど忘れられた存在であったからだ。それから10年後、埋もれかけた若尾文子は本国でも発見される。単なる「女優」としてではなく、今後益々「リアル」になっていく「女」の一人として。そしてまた、現代にあって本当に「肯定できるもの」を捜し求める一人の「人間」として。そんな彼女への「感謝」の気持ちを込めたささやかなPOV。ABCは映画の出来ではなく、スクリーン上における彼女の存在感&魅力に対する評価です。若尾好き
メタフィルム≒虚構の暴露、そして映画の中<映画> -metafilms-メタフィクション(metafiction):「物語を実際の出来事として叙述するのではなく、その虚構性や、作者の役割や書く手法といった伝統的な小説の枠組みそのものが意識的に強調され、主題となっているフィクション」■この定義を映画に適用し、A:「これは映画ですよ」と(意識的に)観客に語りかける作品、もしくは語りかけはないが、映画という表現形式及び形態を意図的に見せていると思われる作品●B:映画の中に劇中劇として映画が存在する作品●C:ラストにメタフィクション表現が登場する作品、の3つに分類■注意:Cは多分にネタバレ要素を含むので、特に興味のある方以外はご覧にならない方がいいでしょう■muffler&silencer[消音装置]
大友良英の音楽A=中国、B=香港、C=日本(その他) ■ 未収録作品:『太陽に暴かれて』 "The Sun Has Ears" 太陽有耳 Dir. 嚴浩 中國, 1995 ◆ 『Youchai』 "Postman"  Dir. Jianjun He. United Frontline, 中國/香港, 1995 ◆ 『喝采の扉[虎度門]』虎度門 "Stage Door"  Dir. Kei Shu. A Golden Harvest, 香港, 1996 ◆ 『スタントウーマン[阿金的故事] 』 "Stunt Woman"  Dir. 許鞍華 香港, 1996 ◆ 『柔らかい肌』 "Yawarakai Hada" Dir. Hisayasu Sato(佐藤寿保). Shin Toho, Japan, 1998 ◆ 『シャボン玉エレジー』 "Shabondama Elegy"  Dir. Ian Kerkhof(イアン・ケルコフ). Stance Company, Japan and Holland, 1999(http://www.kuki.co.jp/KUKI/S_ELEGY/) ◆ 『壊音』 "KAI-ON" Dir. 奥秀太郎. Japan, 2002@テアトル新宿5/11〜5/17(http://www.slowlearner.co.jp/) ■ 大友良英関連リンク→http://www.blink.co.jp/go?page=ShowShare&args=2&arg0=path&arg1=27428106/33061414 |Amandla!
強引な男・相米慎二の仕事カットを割る事を恐れているかのような強引な長回し。熱演する演者を蟻のごとく捉えるロング・ショット。無頓着にさえ見える光の処理。不思議な魅力でもあり、ときにはそのルーズさに苛立ちもした。『あ、春』・『風花』と、次のスタイルを確立しつつあっただけに早すぎる死が惜しまれる。(A・・80年代、B・・90年代、C・・00年)ぽんしゅう
親の愛・支配・抑圧、そして愛という名のエゴ親の愛。ソレは時により、果てしなくワガママでなおかつ、奪い続けるモノでもある。ボイス母