衝撃的な作品だった。前半、まるで古典落語のようなユーモラスでコミカルなテンポから、後半、一気に目を覆いたくなる大量虐殺と惨劇へと急展開する。そこでは、まさに狂気が噴出しているようであった。後半の惨劇へ向かう展開は、何となく予想がついたが、それでも圧倒的な迫力でスクリーンに引きつけられた。この点では、映画としても高い水準にある作品だと思う。

だが、ここで描かれた「狂気」は、戦争と不可分にむすびついた、ある意味、人間の一般的な「心の闇」から生じたようなものであろうか？戦争という極限状態で、誰もがおちいり、とらわれる可能性のある、そういう「狂気」だっただろうか？

物語の最初、自由にしゃべれるようになった日本兵・花屋が発する最初の言葉は「殺せ」である。そして前半は「殺せ」とわめく花屋と生き延びたい通訳、殺せないと泣く村人とのやりとりが描かれる。そしていざ首を斬られそうになって、はじめて花屋は俺は農民だ、サムライなんかじゃない、助けてくれと、食料と交換に助命と日本軍への「返還」を申し出るのである。

「生きて虜囚の辱めを受けず」云々かんぬんなんていう「戦陣訓」が、戦前の日本軍において徹底されていたことを知っている人から見れば、自然な流れのようだが、よくよく考えてみると、話の順番が逆なのが、普通ではないだろうか。

つまり、捕虜となった最初は生き延びることを考える。そのために、相手に恭順の意を示したり、助命と「報酬」の取引をもちかけたり、いろいろやってみる。しかしそれがすべて拒絶され、拷問とかされていよいよ、お先真っ暗、という絶望状態になって「さあ殺せ」と騒ぐのが、「正しい」順序ではないだろか。

これは戦争映画のストーリーとして、という次元ではない。それがまっとうな人間の感覚ではないだろうか。ところが、花屋は最初、「殺せ、殺せ」とわめくのである。わめくどころか、中国人をののしれば殺してくれるだろうという知恵まで働かせている。こんな花屋と比べれば、人は殺せない、人を殺した手でさわってほしくない、という村人たちや、死にたくない一心ででまかせを言う通訳の方が、よっぽど正常である。

こうしてみると、後半で噴出する狂気は、すでに物語の冒頭にあらわれているのではないだろうか。

ではその狂気はいったいどこからくるのか？冷静に考えれば、何で海を隔てて数百、数千キロもはなれたよその国に、「お国を守る」ために出ていかないといけないのか？どうして農民が刀を持たされて、「サムライ」の潔さとか武力とかを強制されるのか？いったい何のために戦場へ駆りだされているのか？

そんなことを、まじめに考えられないようにするためには、狂気一色に染め上げるしかない。原隊復帰した花屋が、真っ先に責めたてられたのは、帰ってくるのが遅いとかいうことでなく、なぜお前は生きているのか、ということで、責めたてられるのである。ひどい話じゃないか。狂っている、としか言いようがない。

後半、村人の大量虐殺に向かう過程はある意味、偶発的なことだったのかもしれない。なぜ日本の降伏を知りながら、虐殺しなければならないのか？しかし、狂気一色に染めぬかれた彼らを支配していた、絶対的な天皇の存在と「神国日本」が崩れたとき、彼らがよってたてるのはむき出しの暴力だけではないだろうか？

物語の最後、村人を処刑するとき、捕虜となった日本軍司令官は、武装解除したから、銃ではなく「サムライ」の身体の一部である日本刀で、と主張する。これも変な話だ。武装解除したというなら、素手で絞め殺す、というのがスジじゃないのか？農民だという日本兵が今さら「サムライ」でもあるまいに。大体、「サムライ」なら捕虜となる前に腹でもかっさばくのが、正しいスジじゃないのか。

しかし、戦争中に狂気にとらわれ、しかもそのことを自覚できなかった人間にとっては、戦争が終わっても狂気から抜け出ることはできない。むき出しの暴力だけの狂気にとらわれた、無惨な人間の姿がここにある。

なぜ、遠く海を隔てた他国の空に、日の丸がひるがえり、軍艦マーチがひびくのか。「狂気」はいったい、どこから始まっているのか。これは本当に、半世紀も昔の話だろうか？

私は、これを昔の話だ、これからは二度と繰り返さないと、言いたい。