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[コメント] 告発のとき(2007/米)

告発のとき』という邦題は好きではないが、確かにいざ邦題をつけるとなると実に難しい。それだけ含んでいるものが複雑であり、語りつくせない奥深さがあるから。(2008.07.12.)
Keita

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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ポール・ハギスの前作『クラッシュ』は群像劇だったが、この『告発のとき』ではかなり主題を絞ってきた。そして、その主題をじっくり深く掘り下げていく。同時多発テロ以降のアメリカを描いた作品として、『ノーカントリー』と並ぶ今年の傑作と言って良い。

とにかく静かに進んでいく…。失踪したイラク帰還兵の息子を父親が探す、という物語にはサスペンス要素も含まれるのだが、それを誇張して緊迫感を演出するようなことは一切しない。イラク戦争の悲惨さを伝えるための激しい爆破や血みどろの戦場の様子もない。一貫して、精神的な部分で物語を語っていくのだ。

ゆえに、役者の演技にかかる部分も大きいのだが、それがあまりに完璧。トミー・リー・ジョーンズは辛い局面続きの中でも激昂はしない。だが、目には常に悲しみが見え、表情が心を語っている。物語の進み方と同様、静かながらものすごく深みがある。出番は少ないがスーザン・サランドンも素晴らしく、息子の死を知った際に電話越しで泣く場面では、トミー・リー演じる父親の立場とは違う悲しみ、自らの腹を痛めた生んだ子供が死ぬという母親の悲しみを感じさせてくれる。各シーンの中で、滲み出るものを感じさせるベテランふたりの演技はさすがの一言だ。

大量破壊兵器という存在の有無が不明確なものを滅するために始まった、大義名分のないイラク戦争。その戦争へ、祖国のために向かった若者たちが、あまりの悲惨の状況により心を失っていく…。

兵士たちが狂乱した様子をこの映画では見せない。だが、彼らの内側が蝕まれている様子は静かに語られる台詞の一言一言から伝わってくる。「行く前はイラクを何とかしたいと思っていた。だが、戻ってきたらイラクなんて核兵器で壊しちまえと思う」「イラクにいるときは早く帰りたいと思った。だが、戻ってきたらイラクに戻りたいと感じる」…。そんな台詞がずっしり響いてくる。

父親の立場からすれば、息子を殺した兵士たちは絶対に許せない存在のはずだが、トミー・リーの表情を見ていると、それ以外も感じさせる複雑さが滲む。彼自身が軍人だったという過去をイラク戦争に重ね合わせて、この異常な状況にわずかながら理解も示しつつ、国全体が負った痛みに哀しみを持っているのかもしれない。

誰が正義で誰が悪か、そんな単純な構造におさまりきらない。ラストシーンで掲げられた逆さまの星条旗は、イラク戦争が生んだ悲しきアメリカへの救命信号にも思える。

ポール・ハギスは脚本を書いたクリント・イーストウッドの『父親たちの星条旗』で太平洋戦争後の戦争の痛みを主題としたが、それの現代版がこの映画なのだろう。視点の鋭さは変わらないし、むしろ人間描写の面では上を行っている。

(評価:★5)

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