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[コメント] 白痴(1951/日)

ズタボロになったストーリー部分には敢えて目を瞑るなら…やっぱり傑作です!
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 ドストエフスキーの超大作小説を黒澤明が映画化。黒澤は他にも『蜘蛛巣城』(1957)や『どん底』(1957)、『』(1985)と言った海外文学を翻案して日本人キャストで作った作品はいくつかあるが、本作は一般には“失敗作”の烙印を押されてしまっている。  一見してそれは明らか。話が飛びすぎているため、一体何が起こっているのか、よく分からないと言う事態を生じているのだ。勿論これは監督のせいではなかろう。当初制作の約半分の長さにぶった切られ、無惨な姿をさらしているからだ(そもそもが正味4時間25分の超大作だったが、「長すぎる」という松竹の要請で3時間30分に再編集。更に松竹は無断で2時間46分に切りつめた)。これでは物語が把握できないよ。そうでなくても原作でさえそう簡単に理解できる内容じゃないってのに…これじゃ原作を読んでなかったら、多分全然訳の分からないだけの作品になってしまうだろう。

 ところで、本好きの多くは、必ずどこかで文学への傾倒という時期があるもので、私も一時期えらくロシア文学にはまっていた時期があった。トルストイやドストエフスキーの長編は(ちょっと時間はかかったが)全部読んでいたし、それで友人と色々議論を交わしていたことがあった。

 その議論の中で語られていた中に、ドストエフスキーの作品はビジュアル的な面白さがあると言うことで一致。本作の原作でも特に前半部分のムイシキン(ここでは亀田欽司)とロゴージンの息詰まる対決シーン(言葉の上だが)、イッポリートの演説シーン。そしてナスターシャ(ここでの那須妙子というネーミングはちょっと凄い)の悲しみをうちに秘めた決然とした態度、最後の静かに全てが崩壊していくシーンなど、小説でありながらも、まるで眼前に画面が出てくるような気にさせられる。

 小説のままがビジュアル的な作品だけに、これを映画化するのは大変に苦労しただろうと思われる。逆にストーリーがとびとびなだけに、場面毎のドラマ性しか本作は見所が無くなってしまっているのだが、ところがその部分が見事にはまっている。この辺は流石黒澤。

 本作は確かにストーリー立てで考える限りは、失敗作とも言える。一方、ドラマの部分で考えるならば、息詰まるような緊張感の演出はもう最高だった。特に冬の北海道を舞台にしてるだけに、寒さの演出に関しては、これ以上ないほどの演出で、夏に観ても寒気を感じそうなくらい。後年になって定評を受けたカメラ・ワークはここでは最小限度だが、だからこそ固定カメラによるアングルの微妙さ加減も素晴らしい。特にラスト、蝋燭だけで森雅之と三船敏郎の二人が死体となった妙子を見守るシーンは、カメラの位置が死んだ妙子の目線で固定されている。それを見つめつつ、静かに語り合う二人。明かりは蝋燭の炎ばかりで、それが徐々に短くなっていくことで時間の経過を示す。更に外気は既に氷点下。その中で静かに静かに時が過ぎていく…これは本当にとんでもない場面だった(私のイメージとはちょっと違っていたんだけど)。こんなねっとりしたカメラを使えると言うだけで、充分本作の見所はあると言ってしまえる。

 望むべきはやはり完全版を観てみたかったと言うことか。その望みは叶えられないだろうかな?

(評価:★5)

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