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[コメント] 生きる(1952/日)

作品としては主人公よりも宴のあとの描写の方が意味があると思う。
スパルタのキツネ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







そりゃー割が合わんですなー 自分も役所も社会も。何もしないで「ぼー」と死んでしまうんだったら・・・

(一生懸命生きているつもりの)自分としては、主人公にあんまり同情の念を感じず、むしろ「ただ飯食ってきたんだし、ちったー社会に貢献しなさい」とか、「どうせ死ぬなら何かやらなきゃ損でしょう」てなことを多分言うと思います(もちろん励ます意味を込めてですが)。

飲み屋の3流小説家は主人公を偉いというけれど、それも間違っていると思いつつも夜遊びで生きたつもりになろうとしている弱い人間(この気持ち痛いほどよくわかります)の発言で、彼の精一杯生きろというアドバイスは、最後に十分楽しめってなものでしかないのだろう。タクシーから降りた主人公の酔いと苦痛のなかで覚醒した目に接したときの彼のうろたえぶりはそれを物語っていると思う。

主人公はといえば、パチンコ、デート、そして仕事、ただそれだけの人生なんです。まじで。

そんな主人公はぽっくり死んでしまいましたが、その事実より葬式後のやり取りのほうが印象的だった。

「あの公園は誰のお陰か?」とか「課長はガンを知っていたのか?」とかが、残ったメンバーの論点になってたけれど、彼らの最も恐れていた結論は、「課長が(ガンを知らずに)普通に頑張った」だと思う。

何せ、それは、誰でもやれば出来るという意味になるわけですから、困ったものです。

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余談

「人の人生、値三銭」

とは、司馬遼太郎が小説「世に棲む日々」のなかで高杉晋作の言葉として書いた文句ですが、高杉晋作のように(英国大使館焼き討ちやら奇兵隊創設やら幕長戦争やら)おおよそ常人では計り知れない波乱万丈の人生を送った人も、取るに足りない人生を送った人も、苦労とそこから得たものは「差し引き三銭」という意味でして、まさに本作にぴったりの言葉だと思った。

(評価:★4)

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