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[コメント] Dolls(2002/日)

白痴美 〜内なる狂気を秘めた女(ひと)〜
Linus

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







かねがね思っていたことだが、相米慎二監督ほど、〈女の子〉を撮るのが 上手い監督はいないであろう。

セーラー服と機関銃』の泉(薬師丸ひろ子)、『台風クラブ』の理恵 (工藤夕貴)、『東京上空いらっしゃいませ』のユウ(牧瀬里穂)、 『お引越し』のレンコ(田畑智子)。彼女たちの一番イイ時間(とき)を 切りとってあげる作業。それが相米監督の仕事であり技術であり、 だからこそ普通のアイドル映画と一線を画したんだと思っている。

女の子とは特別な存在だ。あまりに子供だと魅力がないし、 ちょっと年をとると、ひねくれてたりする。凄く微妙な時間…だから それを上手く表現してくれる相米監督が好きだったし、亡くなった時は 悲しかった。もう、相米さん以上に女の子を撮ってくれる監督は、 でないのだろうな、と。

しかしたけし監督である。まさか〈女〉を撮るのが下手だと言われ続け、 男根映画しか撮らなかった監督が、こんなにも美しい白痴女を撮るとは 予想だにしなかった! いや、伏線はあったのだ。『その男、凶暴につき』の川上麻衣子。両足を広げ、男にヤラれまくっていたというのに、 甘い吐息さえ漏らさない不感症女(ニンフォマニア)。(※1) あの女性こそが、佐和子の内なる狂気の原型だったのかもしれない。

個人的だが、私はヒステリー女が苦手だ。(※2)なんでもヒステリーとは 子宮に起因していて女性特有の物と言う。昔読んだ本のおぼろげな記憶で 申し訳ないが、欲求不満な女性はヒステリーになるらしい。 …つまり嫌なのだ。生理やセックスなど〈性〉に関わる問題を、 感情的になることとすりかえられるのが。だから頭半分で「理詰めで あることを良し」とし、もう半分で「でも実際そうなったら、それじゃ男だ」なんて考えている。

そんな私にとって〈白痴女〉は、何処にも帰属しない稀有な存在に 思える。頭でっかちでもなく、感情的でもなく、静かに虚空を見つめる。 佐和子は、松本の両親が結婚を破談にさせてくれと申し出た時、 決して騒がず涙を流し睡眠薬を飲んだ。あてつけの為に飲んだわけでは ないと思う。ただ愛する存在が消えて悲しかったのだ。普通の女性は このエネルギーを外に向ける。けど、佐和子は内に向けたのだ。 なんていじらしいのだ。本当に死のうと思う人間は何も言わない。 だから怖いんだ。狂気を内に向け、しかも死ぬこともできずそれを抱えて しまった女。

佐和子がピンクのアゲハ蝶(死のメタファー?)をじっと見、 まばたきを2度する。

彼女が、口をモグモグさせ、お花に無音で話しかける。最後に 「ああ。そう」とニッコリ笑う。

彼女が玩具を手にする。一晩中、それで遊ぶ。けれどピンクのボールが 転がり、車にペチャンコにされる。彼女が潰れたボールをフウフウと吹く。 ボールは浮き上がらない。彼女は、涙を流す。泣きながらフウフウと、 また、吹く。

彼女が、車にロープで繋がれ、前に前進する。紐をほどくことなく ただただ前進する。それしかできない。

白痴女は何を見たのだろう? お花と本当に喋れたのだろうか?  潰れたボールが動かなくなって、悲しいという感情が沸いた? 前進したいのに、前に進めないもどかしさを感じた? 何もかもが純粋でまっすぐで、 そうであればあるほど、佐和子は正常な意識を持った時より美しくなる パラドックス。それは、狂気が持つ美しさ(純粋さ)だったのかもしれ ない。そして私は時に非常にそれに惹かれてしまう。たぶん、自分にも 狂気があり、それが萌芽するのを畏怖し、また憧憬しているからだ。

ただ、その内なる狂気を秘めた女が美しいのは、ある時間のヒトだけで ある。松原智恵子演ずる良子は、ただ怖くて痛い存在だったのは否めない 事実だろう。女性が年をとるということは、悲しいことだ。 ヤクザとのエピソードが、佐和子との対比に置かれたとしたら、 たけし監督は、佐和子を際立たせる映像を作ったが、男として残酷なことをしたと思う。(しかしそれが彼特有の突き放した映像でもあるのだが…)

女にとって、美しいという言葉がピッタリあてはまる時間は、 本当に僅かな時間だ。しかも狂気というプレミアつきで、 その言葉の意味を、活字ではなくフィルムで見せるなんて至難の技だ。 けれども、佐和子は存在してしまったのである。例え映画の中でも。 だから、彼女が正常に戻ってしまったら、死ななくてはいけなかったんだと 思う。あの透けるような白い肌を封印するには、雪(物語)の中しか なかったのだ。きっと……。

この映画は、菅野美穂さんの演技によっては台無しになった映画だと 思います。しかし、菅野さんが、白痴に徹し、表面は凪いだ湖、底には 冷たくてひっそりとした暗いモノを抱える佐和子を演じきることによって、 成功させたと言っても過言ではないでしょう。そして、たけし監督が 菅野さんの一番美しい〈女の子〉である瞬間を見事に切りとったシャシンで あることは言うまでもありません。女優さんの可愛い美しいだけで、 演技できる時間も極僅かです。いつか、知性や個性にシフトしな ければいけないのに、それがままならぬまま、消えて行ってしまった あまたの女優さんたち。けれど、菅野美穂さんは、可愛い美しいから、 知性と個性を持つ役を手にいれた。そして、それを見事に体現した。 私はずっと、こんな女性の映画を見たかったのかもしれません。 蝶になった女優さん、そして内なる狂気を秘めた女(ひと)を。

※1 ニンフォマニアの意味は、色情狂ですが、不感症の女性が 多いと何かの本に書いてありました。つまり性的快楽が得られないために、色んな男の人をためすらしいのです。マリリン・モンローのニンフォマニア ぶりは、この説だと見聞しましたが、本当かどうかは知りません。

※2 『ベティ・ブルー』のベティは、白痴女の代表のように思える かもしれませんが、個人的には苦手なキャラです。では、何故高得点を つけたかと言えば、インテグラルを再見し、それでも女を捨てることの できない男の優しさに胸をうたれました。(最初は★3くらいの映画)

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (4 人)sawa:38[*] グラント・リー・バッファロー[*] トシ[*] いくけん[*]

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