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[コメント] 花様年華(2000/仏=香港)

反復の映画。(2011.8.20)
HW

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 階段、階段、ドア、ドア、路地、路地、タクシー、タクシー、窓、窓と、退屈すれすれに(ごめんなさい、正直ちょっとだけ退屈しました)反復されるショットの数に圧倒される。というより、めまいを覚える。それを「眠気」と呼んでも、必ずしもこの映画への悪口にはならないだろう。

 もちろん、そもそもをいえば、主人公二人の関係それ自体が反復である。不倫はどうやって始まったのか、どちらが誘ったのか、と会話を想像し演じては、少し違う気がする、とまた演じ直し、やがては自分たちの想像の未来まで「練習」してしまう(それぞれ小説好き、映画好きとして現われ、協力して小説執筆を行うことになる二人のこれまた「創作」行為)。極めつけは、エンドロールを眺めていて途方もない衝撃を受けてしまったのだけれど(ごめんなさい、この鈴木清順作品を未見なのです)、繰り返し流されるテーマ曲が、"Yumeji's Theme"、すなわち『夢二』のテーマ、という大胆さ。『2046』という反復(であると同時に、もちろん新たなテーマを内包した映画)が待ち受けていたことにも、うなづける。こんな勇気のある、そしてなによりその勇気に実際値する映画作家というのはまずいないだろう。ウォン・カーウァイは、反復ほどスリリングなものはない、と言っているらしい。反復のなかで静かに変わり続けていくのは、なにもマギー・チャンのドレスだけではないのだ。映画の終盤、昔の日々を語る住人の声を後ろに聞きながらマギー・チャンが窓際で涙を浮かべたあと、今度はトニー・レオンが隣室の窓際に立って同じように外を見つめながら、住人の「隣には母親と男の子がいる。かわいい男の子だ」という言葉にうっすらといわくありげに微笑む。この映画の劇的な瞬間は常に反復のなかにさりげなく刷り込まれている(=見直さないとよく分からない? 私はまだ一回しか見ていないけれど)。

 だから、この映画を「ノスタルジック」と呼んだりするときは、気をつけなければいけないのだろう。つまり、この映画をノスタルジックだと呼ぶ場合、こういうカップルがかつて存在していたことについてなのか、こういうカップルがかつて映画のなかに存在していたことについてなのか。もちろん、どちらかであるといったような議論には何の意味もない。「過去は見るだけで触れることはできない。見えるものはすべて幻のようにぼんやりと」なのだから。往年のハリウッド映画だろうと日本映画だろうと、これほど徹底したスタイルの官能描写があったとは思えないし、この映画がノスタルジーを感じさせるとすれば、かつて存在したことのないものへの、そんなノスタルジーなのではないだろうか。というより、ノスタルジーなんてもともとそんなものなのだ、とこの映画は教えているのかもしれない。

 全体として撮影と照明の冴え渡る映画だけれど、個人的には、夜の新聞社に一人残ったトニー・レオンが吹くタバコの煙が蛍光灯の下に広がるショットにうっとりとさせられた。タバコは吸わないし、どちらかと言わずにはっきり嫌煙家だけれど、こういうのを見せられると、映画とタバコの相性のよさというのをやっぱり認めないわけにはいかない。

(評価:★4)

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