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[コメント] 黒い雨(1989/日)

悲劇を喜劇の手法で綴って、全く笑えないイマムラ流「重喜劇」がついに完成している。贅沢なモノクロが素晴らしく、武満も箆棒にいい。アメリカでかけ続けてほしい秀作。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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クルマへの突撃を繰り返す石田圭祐の「遥拝隊長」。田中好子に結婚するなと吹き込む認知症の原ひさ子白川和子の拝み屋(『さらば愛しき大地』(82)でも霊媒師演っていた)と彼女に感化される母の市原悦子。そしてついに、跳ねる鯉見て狂喜する田中好子。

これら重喜劇は原爆被災時の真摯な描写と対照的で、生き続けるのはそれだけで喜劇と嘆いているかのようだ。原爆直下の描写はすごい。焼けただれて兄に判って貰えない弟、二階窓からの転落、川を流れる焦げた遺体、常田富士男の息子を見捨てて逃げた告白。それともこれらも喜劇なのだろうか。

田中好子32歳、25歳を演じて不都合なし(今から見れば結婚圧力の話に見えなくもないがそれは話が別だろう)。原爆症の映画は数多いが、あんなに元気なのに原爆症という役処が多いなか、「激痛も人にはいわず耐えている」この物静かな造形はもうひとつの典型を射抜いて優れていると思う。

とつぜんピンスポットのあたる遥拝隊長のひとり芝居がいい。そして倒れた田中好子を抱きかかえて救急車に向かうラストでは、彼はもう救急車に地雷を仕掛けようとしないのだった。なんと反転鮮やかなラスト。

淡々とした原作を上手くドラマチックな映画にするものだ。その後のイマムラは老人が色惚けした3作を撮って果てることになったのは、本作の静かな田中好子の反動だろう。『カンゾー先生』も原爆が扱われるが本作と好対照。いつも悪役の名手北村和夫を主演に抜擢する処からして、いつもと違うという主張なんだろう。『ゆきゆきて進軍』(企画)と並ぶイマムラ後半生の秀作。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)水那岐[*] けにろん[*]

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