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[コメント] 母と暮せば(2015/日)

松竹家庭劇の秀作。しかしこの山田作品にして『霧の旗』以来と思われる度外れな収束はどう捉えてよいのか整理がつかない。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







GHQを除けば、『父と暮らせば』で語られる唯一の「悪役」は宮沢りえの親友の母親だった。親友が原爆で亡くなったのに宮沢は助かる。母はなぜ生き残ったのかと宮沢に怒りをぶつけ、宮沢は「幸せになっちゃいかんのよ」と苦しむ。

本作はこの逸話をフォローしたものだ。宮沢は黒木華、彼女と婚約する浅野忠信は『』と類似した役処で再演、親友の母が吉永小百合であり、「優秀だった」親友は恋人二宮和也として登場していることになる。このネタばらし、井上ひさしへのオマージュは二段組に構成されており、仲良し三人組の逸話で黒木が宮沢であるのは先に予告されるのだが、吉永すらも(あんなによくしてくれた)黒木に嫉妬したのだ、という残酷な告白でダメがおされる。

』がどんな具合に換骨奪胎されているのか眺めていたのだが、このクレバーさに驚いた。本作はつまり、『』のマイナーな脇役(科白のうえだけで登場はしない)を救済する物語なのだ。この優しい着眼点は山田洋次のものだ。この嫉妬は二宮ではなく黒木にぶつけることでもできただろうし、幾らでも引き延ばすことができただろうし、そこから原爆への怨念を表出する方法もあっただろう。むしろそうするべきだったとも思うが、本作はアメリカの悪口など一言も語らず、この嫉妬、ほんのワンカットだけ触れられる。彼女はそんなことを考えていたのか、という哀しさが残る。

そして吉永は脇役(悪役!)らしく、黒木の邪魔にならぬよう死んでゆく。死を救済と位置づけるのは大胆であり、ある意味背徳でもあるだろう。広岡由里子杉村春子っぷりなどで山田作品はここでも小津へのオマージュを続けている訳だが、この収束の別離と諦念の感触からも後期小津の諸作が想起される。しかもここまで云い切った作品はなかっただろう。

思い出されるのは嬉々として死を受け入れるバホダの『汚れなき悪戯』だ。本作は原爆被害者を巡る作品だが、老いた者が死をどう受け入れるかを巡る作品でもあり、更にキリスト教信者の作品でもある。この三段重ねは複雑であり、考え込まされる。

このギリギリの線は、しかし私には説得的だった。吉永も間接的に原爆に殺されたのであるが、これは息子の二宮だけでなく、原爆で死んだ大勢の人たちと肩を並べただけなのだ、という軽みと祝福があった(安物のCGもここでは絶妙に効いている)。死者が生への想いを断ち切ったかどうかは想像するしかないが、彼等のためにそうあってほしいという願いが本作には込められている。ラストの合唱隊は被爆者関係の人たちだっただろうか。本作の主題は鎮魂なのだ。

ただ、黒木の幸せのためのサクリファイスというニュアンスにはやはり抵抗を覚える。力強い『』には明らかに劣ると云いたい。キリスト教はやっぱり倒錯しているねとニーチェなら云うだろう。

本作でもっとも印象に残るのは松葉杖をついた浅野と黒木のツーショットだ。本作は山田作品らしからぬ力の入ったいい構図に富んでおり、画で語る方法が好ましく、長男の幽霊などシュールかつリアルで見事だが、加藤健一と広岡の脇からひょっこり現れる二人のショットはなかでも最高のものだろう(『二十四の瞳』でバスから松葉杖ついてひょろりと降り立つ凸ちゃんの件が想起された)。寡黙な浅野は饒舌な二宮との対比が強烈で痛々しい。この生き続ける浅野と死んだ二宮、死んでゆく吉永の関係をどう位置づけてよいものか、重過ぎて身に余る。簡単に整理できない作品。もう書き過ぎた。本当はもっと書きたいのだが、これ以上踏み込むとこちらが切られそうだ。

二宮は大役だったが残念ながら印象は薄い。母子で語られるエピソードも食い足りないが、状況が状況なだけに明るく無難な話題に終始するのは仕方ないのだろう。ただ、吉永が二宮の死を受け入れて後にはじめて出てきて、その後も哀しいことがあると消えてしまう幽霊という設定は、常識の逆を行っていて面白い。思えば彼は最初から、母親をお迎えに来ていたのかも知れない。

黒木はここでも情感に溢れて抜群で、児童と厚生省復員局(尋ね人の貼紙が壁一面を覆うこのセットの再現は怒気迫るもので素晴らしい)を訪れる件は松竹タッチで実に美しい。タイトルに松竹120周年記念と表示されるが、本作は正に松竹の王道、山田監督が重責を全うし、歴史を更新させたのは少なくとも間違いない。松竹=メロドラマと簡単に云うなかれ。白黒答えの出せない人情の機微を掬い上げてきた伝統はここでも生きている。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)tredair けにろん[*] セント[*]

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