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[コメント] 私の優しくない先輩(2010/日)

逆光の映画。私の好みではない演出が散見されるし、役者も充実しているとは云えないが、しかしこれは感動的なフィルムだ。『マイ・フェア・レディ』と見せかけて『お引越し』であるというしたたかな作劇戦略もさることながら、さらにそれ以上のものをやってやろうという野心でもって撮られている。
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**ネタバレ注意**
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私の優しくない先輩』がまぎれもない「映画」であり、また山本寛が「映画」を必要としている演出家であることは、ここに収められたふたつのダンスシーンを見れば瞭然である。ひとつめは川島海荷入江甚儀に出会う序盤のシーン。これほどカッティング・イン・アクションの徹底されたダンス・ミュージカルが繰り広げられるとはまったく予想だにしていなかった。一九五〇年代以前のアメリカン・ミュージカルならいざ知らず、これは二〇一〇年の日本映画なのだ。あくまでも軽いノリが貫かれたシーンだが、ここまで本気でダンス・ミュージカルをやってみせた映画がここ三〇年の間に日本に存在しただろうか。日本映画に対する私の知識見識の貧しさを棚上げにして云えば、やはり『台風クラブ』なり『東京上空いらっしゃいませ』なり相米慎二の名を挙げるしかないように思える。

ふたつめのダンスシーン、すなわちエンド・タイトルバックの「MajiでKoiする5秒前」はあるいはそれ以上に感動的だ。溶暗・溶明を挟みながら本篇ラストカットと地続きで始まるおよそ五分間のワンカット長回しは、ハンディのカメラワークとそれに連動する多人数の移動の統制という技術的な面に限っても本当に気が遠くなるほどの困難を克服したうえで撮られている。終盤ではハンディであったはずのカメラがクレーンに乗って上昇し、俯瞰撮影となる。素直に考えればカメラ・オペレータがクレーンに乗っただけということなのかもしれないが、実にスムースな連絡だ。また間奏に入った瞬間に高田延彦小川菜摘が登場する演出をはじめ、人物の出入りに伴う幸福感には涙を抑えることができない。同じく作中人物が全員集合する『ライフ・アクアティック』のエンド・タイトルバックにも滂沱たる涙を流してしまったのだから、これが私の「趣味」であることは否定できないが、それはまたこの演出のすばらしさを否定するものでもない。

たとえカッティング・イン・アクションが徹底されようが、困難なワンカット撮影が実行されようが、それが今この時代にどれほどの観客に訴求するのか、どれほどの興行収入に結びつくのかはきわめて怪しい。おそらく監督本人にしてもそんなことは百も承知だろう。しかし被写体の身体性を信じるミュージカル演出家はそれでもそうせざるを得ないのだ。彼/彼女は「映画」を裏切れないからだ。『私の優しくない先輩』がいくつもの弱点を抱えた作品であることは確かだろう。だが、以上のふたつのダンスシーンのみをもっても、私はこの映画を支持する。

(評価:★4)

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