[コメント] イノセンス(2004/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
●過去の押井守作品には、俺のゴーストは激しくシンクロ(共鳴)したんだけれども
押井守、映像の魔術師、造型の天才。例えば『天使のたまご』。幻影の街の外壁に写りこむ周回する魚群の影。燭台に並んだ石像たちが上昇するさま。例えば『機動警察パトレイバー2』。冬の夜空から、人々に深深と舞い落ちる哀れみの静かな雪。例えば『アヴァロン』。多様なる色彩世界に移行する絶妙の豊穣館。本編の礎(いしずえ)となる前作『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』。高層ビルからダイヴして、空中で透明になっていく女。化石空間で織りなされる、静寂に包まれた詩的な戦闘シーン。押井守は天才的なイマジネーションで、私の中に一生忘れられない、映像の頚木(くびき)を打っていった。
●摩訶、摩訶不思議なことに、『イノセンス』に、俺のゴーストはシンクロしなかった
押井守の手腕を以ってすれば、痺れる名シーンくらい5つや6つ、出来ただろうに。本当に感動できる、痺れる真っ当な傑作を、彼は作ろうとしたのだろうか。前作、『イノセンス』のファースト・シーンは共に、サイボーグ・アンドロイドの製作過程から始まる。同工異曲っぽい始まりだ。『イノセンス』の主役は、前作の脇役である渋めのバトゥー。主人公が弱い。草薙素子もほとんど登場しない。(『田中敦子』さんの声が、いつもより少し明るめで、救いだった。嬉しかった。)
正直、印象に残るのは、無人の大広間、無人の屋上庭園だった。前作では優雅で絶妙な小休止とも云うべき、近未来都市群の描写も、『イノセンス』では、隈取(くまどり)の武者ロボット がゆったりと演舞するだけで、心がスイングしてこない。少女の人形群の動きにしてもぐにゃぐにゃしすぎで贅肉が多い。もっとスレンダーな造型にすれば、究極の美が撮れただろうに。 (コンビニの3D画面によるシークエンスは良かった。)
●そうこう観ているうちにある考えが
奇妙なる違和感、空虚感、絶望感に苛(さいな)まれながらも、細密な中間色の美しさと、示唆ある哲学的な考察のナレーションのコラボレーションの上手さに、画面から目が離せない。その圧迫感と違和感に俺は、思わず、両手を両端にある缶置きにいれ握り締めた。
本作において押井守は、単に観客を痺れさせる傑作をねらった訳ではないと思う。膨大なる予算を使い、ただ、スクリーン場で虚無との戯れをする。確かにスタンド・アローン(独立した特別な存在)だよ、監督!
●『イノセンス』は空虚感と喪失感に満ち溢れている。『イノセンス』は闇。後戯。完璧でこれ以上望むべくもない輝く『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』を惹きたてる闇、そんな戦略もあるのかもしれない。
●人類の未来は
人類は本能的に不老不死の願望を持っている。サイボーグ化すれば、不老が、電脳化すれば不死が可能になる。人造臓器や、脳の研究等の発展を考えると、サイボーグ化、電脳化もわりと近い未来に可能となるのではないか。人間はイメージ出来たことは、いつか必ず誰かが実現する。観客が『イノセンス』を、息を潜めてみていた。そうなる可能性は多大にあると、皆感じていたみたいだ。
●帰路にて
平日のレイト・ショー、博多のキャナルシティで、この映画を観た。 私が劇場を出てすぐ、向かいの扉から女性が出てきた。異性なのに、俺は「ああ、この女性も俺と同じ人形(ひとがた)なんだと思った。」向こうも同じ考えをしたみたいだった。不思議だった。こんな感慨を持ったのは生まれて初めてだった。 映画の奇妙な感覚を引き摺りながら、ガウディの迷宮を思わせる、キャナルシティの回廊を巡った。(なんと素敵な取り合わせなのだろう!) 自分もアンドロイドになったかのような、不思議な違和感をもって歩いた。 十数分、進むにつれ、映画の微細な中間色に馴染んできた目に、信号の緑色、或いは、ロイヤルホストのオレンジ色の看板、更には、中空にコカ・コーラの赤いネオンが、飛び込んで来た。 嬉しかった。生来の自分自身の感覚器で感じる歓び。靴底をアスファルトに強く踏み入れた。重力が嬉しかった。
●押井守のゴースト、隠されたメッセージ
サイボーグ化、電脳化が、もし実現していくならば、人間のアイデンティティー(存在意義)が薄いものになり、極めて不幸な状況になることが本作によって、体験できたのではないでしょうか。痺れるシーンをわざと入れなかったのもこの為でしょう。鬼才と衒(てら)いながらも、押井守による、暖かで親切なメッセージ。この映画はじわじわと、人類史の流れに影響を与えるに違いないでしょう。
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