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[コメント] ぼくんち(2002/日)

「クドイ」「あざとい」ということはひとまず置いといて。「笑い」と「泣き」のコントラストが、利いてるようで、イマイチ利いてないような感じ。
くたー

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







どん底生活送ってる脇役の面々の「踏まれても、蹴られても、笑われても、それでも生きている」バイタリティが、(数名を除いて)イマイチ伝わってこない。どちらかと言うと人物の表面上の奇抜さのみが目立つので、ときにオブジェみたいな感じすらする(いかにもマンガなフラットなテイストを狙ってる結果なのかもしれないが)。その一方で「泣き」の要素はしっかり(しかも直接的に)伝わってくるトコロに、イマイチバランスの悪さを感じてしまう。マンガチックな意匠と本筋の物語との関係が、どこかチグハグな印象。

「泣き」と「笑い」。かの子と二太の対比によく表れている。言ってみれば「泣きたい時こそ笑うことを学ぶ子供と、泣きたいときには思いっきり泣くという感覚を思い出す親」の話。それを親と子が、互いに接することで気付かされる。そこにこの親子の希望があり、ラストで島と船上という距離を隔てて描くことで、目に見えない絆の存在を感じとることもできる。こういった描き方は個人的にはとても好きだ。その「泣き」と「笑い」のコントラストが、前述のように作品全体に行き渡っていないのが残念だが。

さらには、いろいろ考えた上での演出が裏目に出ているのでは、とも思う。物語の性質上、「クドイ」のは必ずしも弊害にはならないかもしれないけど、「もったいぶってる」必要があるのかは甚だ疑問。中途半端な「間」なんかいらない、それよりも息が詰まるほどの「畳み掛け」や「風通しの悪さ(息苦しさ)」が欲しかったような気がする。

(2003/4/14)

(評価:★3)

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