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[コメント] 乱(1985/日)

黒澤明は物凄く太い筆を持っていたにも関わらず、80年代の日本は小さな半紙しか用意出来なかった。この差は埋まらないまま残る。永遠に。
荒馬大介

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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 確かに「凄い」映画である。山の稜線にずらりと並んだ兵士、それを反対側の山腹から撮った場面などを観ると、これが邦画かと思えるほどのスケール感があるのだから。黒澤明は、この映画ではとにもかくにも「画」で魅せている。カメラで捉えてフィルムに焼き付けるのはどの映画でも同じだが、黒澤は目の前のことに囚われず全体の雰囲気も含めて全て収めようとしている。実際『』には顔がどアップになったカットが見受けられないが、これも画面全体で絶望やら歓喜を表現しようとしているからだろう。

 しかしこの1985年という時代に、この手法がスンナリ受け入れられたとは思えない。本作における黒澤のこだわりはある種の「頑固」でもあり、それに対する拒絶反応を生み出す温床でもある。軽薄短小が言われ始めた80年代に、黒澤は余りにも似合わなかったのではないか。「何が世界のクロサワだ、つまらない映画撮りやがって!」という文句が出てくるのも、個人的には理解出来る。昔は自分もそう思っていたからだ。

 黒澤にとっては不遇だが、彼がメガホンを取らない間に時代は大きく変化していた。だとすれば、自らの手法ゆえ時代という半紙に似合うような、細い筆に持ち替えられなかったのもまた事実では? この時代に全く別のテーマ(例えば現代劇)を扱った作品を撮っていたら、現代における評価は大きく違っていたと思うのだが……。

(評価:★4)

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