まず、貧乏が物語を駆動させる作品な訳だが、その原因が少年の不治の病では焦点がボケている。別の何か、在日朝鮮人独自の葛藤を真ん中に置くべきだっただろう。ここでよい知恵が出なかった時点で企画が弱かったと思う。中村ゆりの芸能編、彼女は好演だが、芸能界のあれこれは周知のことが多く、枕営業など俗っぽくて弱い。一方、井坂俊哉の密輸は凄い。前作の公衆電話泥棒の比ではない。夜の玄界灘の件は迫力がある。本作、四三事件や朴大統領暗殺事件も科白だけだが取り上げられ、韓国軍事政権も随分批判しており、右からとやかく云われる作品ではないと思うのだが、それにしても密輸してお咎めなしは基本やり過ぎ。もし、あの交換される金塊は軍事政権下のレジスタンスへの支援という位置づけであるなら話は違ってくるが、そこの処説明がない。いっそ拳銃でも渡せば意味合いが違ってきただろうに。この辺り、どうにも熟度に欠ける。

前作にあって本作にないのはユーモアだろう。日韓喧嘩合戦はその最たるもので、前作の鴨川決戦にあったユーモアのニュアンス（戦争を終わらせるための戦争）が、本作の試写会場の対決には何もなく、ただヒステリックなだけだ。それは端的に塩谷瞬もまた日本の学生だったのに対して藤井隆はどこにも属していないことから来るのだろうが、そもそも右翼映画を喜ぶ観客に話が判る訳はないよねという諦めが先行し、それを超える場所を目指そうとせず、家庭の幸福に小さく纏まるのが弱い。中村の告白にはやってくれたぜという事件性に伴う戦慄があるいい件なのだが、ついでのこと、井筒はここでベタベタの剛腕演出でもって、右翼の観客に共感の涙を流させなければいけなかった。これではただ蜂の一刺（古い）を決めただけだ。これでラブ＆ピースでいいのだろうか。「家庭の幸福は諸悪の根源」じゃないのと云いたくなる。前作のような未来に繋がる広い視野が欠けている。

物語はクライマックスの試写において過去と現在がシンクロするという意欲的なものなのだが、もうひとつ上手く決まらなかった。明らかに父親の肉付けが高利貸の老婆新屋英子（この人はいつも素晴らしい）の科白で語られるだけで薄いせいだ。三人のうち誰が父なのかも判らない。過去編のクライマックスが、父が活躍する四三事件ではないのも焦点がズレている。さらに、ここまで広く歴史を語るとするなら、じゃあなぜジャワを爆撃する米軍については語らないのだ、という不満が生じざるを得ない。日本を分断せず軍事拠点として優遇し、一方韓国北朝鮮は分断し、結果この映画に見られる歪な空間を生んだのは米国はじめ先進国の線引き作業であるのはイスラエル・パレスチナと同じなのに。

結局、一番面白かったのは冒頭の電車での乱闘か。車体の落書に「日共糾弾」とあるのは国労は革マル系だったから。右翼の日章旗を「いつから朝日新聞配っとんのや」と揶揄う科白は読売テレビ協賛だからだろう。俳優ではキムラ緑子が抜群、藤井の寅さんもちょっと好きだ。『俺は、君のためにこそ死ににいく』ってのも成り行き上観なきゃいけないんだろうか。タイトルだけで満腹、観なくても判るってのは井筒氏に共感するのだが。「死にに行く」って美しくない日本語だなあ、「にに」って処。石原某の愛国心ってこの程度なのかと馬鹿馬鹿しくなる。まあ、こんなタイトルの映画が闊歩するのが許せないのはよおく判る。本作の井筒が力み過ぎのバッターみたいなのは、ピッチャーがなめたスローボールを投げてきたからだろう。やっつける気迫だけ満々で即席で撮っちゃったのだろう。その短気は嫌いじゃない。

私は前作本作をＧＹＡＯ！で観た。このサイト、いつもは途中に同じＣＦが嫌ほど繰り返し挿入されるのだが、この２作は見事にコマーシャル一切なし。観やすくて良かったなどと云っている場合ではない。「ロッテしかコマーシャル流さんよ」という劇中の科白は現在も通用するのだと知って唖然としている。この状況が正しいとは思わない。井筒監督はまだ引退するのは早い。